「いい面してるねえ」



路地裏に身を投げ出す彼はボロ雑巾のような姿をしていた。
たっぷりと可愛がってもらったんだろう。でもヘマをしたのは自分の責任でしか無い。
それを死ぬほど良く理解してるから、これは何も言い返さない。虚ろになった目を、俺から逸らすだけ。



「殴られるだけで済んでよかったじゃない。…バレなかったんだ?」



彼、否、彼女の頭を引っ掴む。するりと手応え無くウィッグが外れて、長い髪が彼女の顔を隠した。
どんな情報も、手に入れるには有利な姿と肩書がある。彼女はわかりやすく見た目を変えることが多かった。
不幸中の幸いだな。バレてれば確実にヤラれてただろう。女であるってことはそういうことだ。
まあ、それを見越してこの格好だったのかも、分からないけど。
やはり彼女はぴくりともしない。微かに上下する肩だけが、辛うじて生きていることを伝える。



「弱ってる姿も悪くないな」



ウィッグを投げ捨てて、彼女を仰向けに転がす。妙に呻くから、身体をなぞれば、なるほど。明らかにへこんじゃいけないとこがへこんでる。



「これじゃ、ほっといたら死ぬね。」



愉快だと言わんばかりに笑えば、妙に長い息が、空気を微かに揺らした。
小さく彼女の口が動く。



「…えって」
「…なあに?」
「さわらないで …かえって」



乱れた髪の隙間から、酷く攻撃的な目が見えた。
ああ、やっと俺を見たね。髪をかきあげてやれば、さらに眼光は鋭くなって。



「…誰を庇った?」



彼女は立ち回り方を心得ている人間であったし、今までにここまでやらかしたことはなかった。
彼女の足を引っ張った人間に、俺は純粋に興味があったんだけど。
その問には答えない。ただ彼女の目は、口は、一方的に感情をぶつけるだけだ。「帰れ」と。
俺には確信めいた心当たりがあった。というより、そう動くだろうなと、ある種予感していた。
だから余計に気に食わなかったんだ。きっとね。



「『正義』という言葉が、如何に体よく『自分勝手』を美化しているか。
 君も分かっているんじゃないのか。ならその陳腐な言葉に縋るのは止めたほうが懸命だと思うけれど。」
「…うるさい。…なんで最後まであんたの声なんか聞かなきゃなんないんだ。あんたの顔なんか見なきゃなんないんだ。………かえってよ………」



耳をふさぐように、彼女の瞼が降りる。いよいよ息も怪しくなってきたか。
やれやれ。もう彼女からは何も引き出せないだろうし、きっと何を言ってももう聞こえない。



「残念だったね。最後に聞くのが俺の声で。最後に見るのが俺の顔で。俺は最高に嬉しいけどね。」



だからそう耳元で言ってやった。

低く唸るエンジンが、後ろでキュッと足を止めるのが聞こえる。
完璧なタイミングのご登場にため息が出た。



「これ、新羅のとこに持ってって。たぶん肋折れてるから、面倒にしたくないなら気をつけたほうがいいかも。」



運び屋の返事を待たず、ボロ雑巾を飛び越えて、路地の向こう側へ出た。
もう一つ広い通りに出れば、日常が忙しなく歩いている。



「ああ、残念だよ。錫。」



呟いて、俺は帰路につくことにした。




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