共に歩む道



ユーリ一行がオルニオンで一泊していたその夜。

静けさの漂う街で、一人の男が深い深いため息をついていた。


「はぁ…情けないよねぇ…」


その呟きの主、レイヴンは、この街のシンボルとされている壊れた魔導器の傍に腰を下ろし夜空を仰いでいた。
街の住人は皆眠りにつき、外を歩いているのは見回りを行っている兵士ぐらいだ。


「はぁ…」


レイヴンは空を見ていた頭を俯け、本日何度目かのため息をついた。






「物憂げなおじさまなんて、珍しいわね」


突然頭上から声が掛かり、驚いたレイヴンが顔を上げると、そこにはニコニコしながら立っているジュディスが居た。


「ジュディスちゃん…」


彼女が近付いて来ていたことにも気付かないなんて、相当ぼんやりしていたようだ。

ジュディスはレイヴンの横に座り、じっと彼の目を見た。


「どったの、ジュディスちゃん。おっさんの憂い顔に惚れちゃった?」


レイヴンはおどけた調子で言うが、ジュディスはレイヴンの冗談には答えず、いつものように穏やかに言った。




「…迷うなんて、貴方らしくないわ」




「ななしに気持ちを伝えたいんでしょう?」




いきなり核心を突かれたレイヴンは、一瞬言葉に詰まる。

ギクリという顔をしたレイヴンを見てジュディスはふわりと笑った。



そう、レイヴンは悩んでいた。

仲間であり想い人であるななしに気持ちを打ち明けるべきか否か。この旅も、もうすぐ終わりを迎えるであろう。無事に生きて帰れる保証なんてどこにもない。しかし、レイヴンは踏ん切りがつかないでいた。


「ジュディスちゃんには敵わないわ…」


苦笑いしながらそう言って、レイヴンはまた天を仰ぐ。







「ビビッてんのよ、おっさん」

「どうして?」

「年寄りになると慎重になっちゃうもんなの」


なんていうのは、ただの詭弁。

本当は怖いのだ、拒絶されることが。嫌われてしまうことが。


「そうね…本当に好きな相手には、慎重になってしまう気持ちもわかるわ」


ジュディスは遠くを見つめながら言った。


「でも、私ならきっとすぐ行動に移すでしょうね。…後悔したくないもの」

「後悔…か…」


レイヴンがそう呟くと、ジュディスは立ち上がり宿屋に戻り始めた。


「ジュディスちゃん?」

「どうやら、お邪魔みたいだから」


そう言うジュディスの目線の先には、宿屋から出て来る人影があった。

その人影、ななしはレイヴン達に気付くと、その場で立ち止まる。


「勘違いされちゃったかしら」


のほほんとした口調でそう言いながら、ジュディスはななしの元へ歩いていく。

レイヴンはその様子を黙って見ていた。ジュディスとななしは宿屋の入り口付近で何か話している。そしてななしはジュディスが建物に入っていくのを見送ると、レイヴンの方に向かって歩き始めた。




レイヴンは動けずに居た。

無いはずの心臓が激しく脈打つ気がして、自分の胸を見つめながら自嘲気味に笑う。




『レイヴン…さん?』


俯いたままのレイヴンを心配するように、ななしが声をかけてくる。


「はいはい、どうしたの?ななしちゃんまで。皆そんなにおっさんが好きなのかしら〜?」


こうやって、ふざけてなら『好き』と言えるのに。そう思いながらも彼女を見上げれば、困ったような悲しそうな瞳が目に写った。


『私…お邪魔しちゃいましたか?』


ジュディスの言う通り、ななしは勘違いをしているようだった。


「んーん、大丈夫よ」


そして、よっこいせという掛け声と共にレイヴンも立ち上がる。


「で、ななしちゃんは何でまた?」

『物音で目が覚めてしまって…周りを見たらレイヴンさんとジュディスさんがいなかったので』


そう言うとななしは俯いてしまった。


「ななしちゃん?」

『それに、最近レイヴンさん元気がなかったから…気になって…』

「心配してくれたんだ、ありがとね」


彼女が自分のことを気にかけてくれた、たったそれだけのことなのにこんなにも嬉しいなんて。

恋は病、とはよく言ったものだ。



そして、ふとジュディスの言葉が頭をよぎる。



「後悔なんて…したくない、よね」

『レイヴンさん?』


レイヴンの呟きの意味が理解できなかったななしは、不思議そうな顔で彼の顔を見つめる。


「ね、ななしちゃん。…ちょっとだけおっさんの話、聞いてくれる?」


いつもとは違う、真剣なレイヴンの表情を見て、ななしは戸惑いながらも頷いた。




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