満月が綺麗な夜― 女性陣が宿の一室で寛ぐ中、一人だけ浮かばない顔をした少女がゆっくりと口を開いた。 『あの、皆さんに折り入ってご相談があるんですが…!』 「どうしたんです?」 『実は…』 思い出の欠片 「シュヴァーンが最近元気がない…?」 「あたしにはいつも通りに見えるけど」 「彼は元々感情を表に出さないタイプだもの、よく傍にいるななしにしかわからないのかもしれないわね」 『私も気のせいかと最初は思っていたんですが…ここ最近特にぼんやりしていらっしゃるというか、心ここにあらずという感じで…』 ななしは備え付けられたベッドの上に座りながら、俯き加減にそう言った。 「思い当たる事はないのかしら?」 『それが何も心当たりがなくて…。だから知らない間にシュヴァーンさんを怒らせてしまったのではないかと不安なんです…』 「だったら本人に聞けばいいじゃない」 リタはさらっとそう言うが、ななしは首を横に振って答えた。 『以前、さり気なく聞いてみたんですが…逆に何故そんな事を聞くのか、と返されてしまって…』 「じゃあ別に怒ってるわけじゃないんじゃない?」 「でもシュヴァーンは、そういう事は自分の中に押し込めてしまいそうなイメージがありますよね」 『そうなんです…!やっぱり、私が何かしてしまったんです…』 エステルの言葉にずーんと沈むななし。それを見たエステルが慌てて取り繕った。 「で、でも普段と変わらず接してくれているなら、ななしに原因はないんじゃないでしょうか!?」 『でも…』 「っていうかさっきから気になってたんだけど、ななしってシュヴァーンが好きなの?」 核心を突いたリタの質問に、ななしの顔は真っ赤になる。 「あら、知らなかったの?」 『え!?///』 「多分、リタと…シュヴァーン以外は気付いているんじゃないでしょうか」 エステルは苦笑いしながら言うと、ななしは顔を手で覆って恥ずかしそうに唸る。 『うぅ…そんな…///』 「とにかく、ここは直接聞くしかないみたいね。それにはエステルが適任だと思うのだけれど」 「私ですか?」 「お姫様権限を使えば、きっと彼も白状せざるを得ないと思うの」 「そうでしょうか…?」 ジュディスがそう言うと、エステルはやや不安げに首を傾げたが快く引き受けてくれた。 『すみません、こんな事頼んでしまって…』 「いいんですよ!何か悩み事があったら何でも言って下さい!」 「ここには皇帝候補のお姫様と天才魔導士が居るもの、ね?」 「まぁ…魔導器関係の事なら聞いてあげなくもないわ」 彼女たちの優しい言葉にななしは嬉しそうに微笑んだ。 そして翌日― 宿のロビーの隅で、女性陣がひそひそと話をしていた。 『エステルさん、お願いします』 「はい!任せて下さい!」 「張り切りすぎてボロ出さないように気を付けなさいよ」 「…はい、気を付けます…」 「ほら、来たわよ?」 ジュディスの視線の先には、トントンと階段を降りてくるシュヴァーンの姿。彼もこちらに気付いたのか、ゆっくりと歩み寄ってきた。 『お、おはようございます!』 「おはよう。こんな所で集まって何をしているんだ?」 「今日はどうしようかって話し合っていたところなの」 ジュディスがそう言ったところで、エステルがずいっとシュヴァーンに歩み寄った。 「シュヴァーン、少しお願いがあるのですが!」 「何でしょうか?」 エステルは緊張しているのか、シュヴァーンに詰め寄るように言った。彼はその勢いに少々押され気味だ。 「一緒に行ってほしい場所があるんです」 「はぁ…私と、ですか…?」 そう言ってシュヴァーンは一瞬だけななしの顔を見る。ななしもそれには気付いたが、シュヴァーンはすぐに視線をエステルへ戻した。 「…わかりました」 「そうですか!では早速行きましょう!」 「は…!?」 エステルはガシッとシュヴァーンの腕を掴むと、そのまま外へと飛び出して行ってしまった。 「ホントに大丈夫なの…あの子…」 「エステルを信じましょ?」 「何やってんだ、お前ら」 そこにユーリ達がぞろぞろとやって来る。カロルとレイヴンはまだ眠そうに目を擦っていた。 「あれ、シュヴァーンは?」 「エステルと一緒に出掛けて行ったわよ」 リタの言葉に男性陣は意外そうに目を丸くした。 「エステル嬢ちゃんと?」 「珍しい組み合わせだね」 「まぁ、それはいいとして…お前ら今日はどうすんだ?」 「あたしは読みたい本があるから」 リタはそれだけ言うと、階段を登って部屋に戻って行く。 「おっさんはもう一眠り…って冗談よ!」 「もう、レイヴンはボクと特訓だって約束したでしょ〜!じゃ、ボク達も行ってくる!」 カロルはレイヴンの手を引きながら、うきうきとした様子で宿を出て行った。 「私は街を散歩してくるわね」 ジュディスもひらひらと手を振って外へ向かって行った。 「あいつら、ホント勝手だな…ななしは?」 『私は…特に決めてないです』 「そっか、じゃあたまには俺に付き合ってくれよ」 ユーリはそう言って、ニッと笑う。ななしも断る理由はなかったのでそれを快諾した。 『どこへ行くんですか?』 「そうだな…そういやこの辺に一面花が咲く丘があるって言ってたな。行ってみるか?」 『え…でも、いいんですか?』 ななしがそう尋ねると、ユーリはその質問の意図がわからず首を傾げた。 『ユーリさん、あまり花とかには興味なさそうですから…』 「まぁな、でも俺だってたまには自然に触れたいとか考えるぜ?」 ユーリが自然と触れ合うという光景があまりにもミスマッチで、ななしは思わず笑いを零す。 「笑うなっての」 『すみません、じゃあ行きましょうか』 二人はそう言って笑い合いながら、丘を目指した。 [#next]>> index; |