そして同じ頃―


「あの…」

「何ですか?」

「どこへ向かわれるのですか?」


無理矢理連れ出されたシュヴァーンは、緩やかな丘を登って行くエステルの後ろをついて歩きながら尋ねた。


「えっと、少し景色を楽しみませんか?」

「はぁ…」


シュヴァーンは何処か腑に落ちない様子でエステルに従う。そしてエステルはななしの事について、いつ切り出そうかと迷っていた。


「あの、シュヴァーンは最近悩み事とかないです?」

「悩み事…?」

「困った事とか嫌な事とか、ないですか?」

「いえ、特にありませんが…?」


エステルの問いにあっさり「ない」と答えたシュヴァーン。


「どうされたんですか、急に」

「シュヴァーンはそういう事を隠してしまいそうな気がしたので…聞いてみただけです」

「お気遣いありがとうございます」


そう言って微笑むシュヴァーンに、エステルも笑顔を返しながら内心焦っていた。


「(ななし…!ごめんなさい!私…任務失敗してしまいそうですー!)」


エステルがそれでも諦めずに考えを巡らせていると、シュヴァーンがピタリと足を止めてぽつりと呟いた。


「…一つだけ、変な質問をしてもよろしいでしょうか」

「え?あ、どうぞ!」


するとシュヴァーンは、視線を泳がせながら言い辛そうに口を開いた。


「その…エステリーゼ様は、年上の男をどう思われますか…?」

「……えっと?」


エステルが聞き返すと、シュヴァーンは心なしか頬を赤く染めて言う。


「例えば十歳以上も離れた年上の男に、告白…などされたら、その…」


シュヴァーンのその言葉を聞いて、エステルは全てを悟った。彼もななしの事が好きで、自分自身とななしの年齢差について悩んでいたのだろう。


「十歳上でも二十歳上でも好きだと言って貰えるのはともて嬉しいですよ?もしそれが自分の想っている相手であれば喜んでお付き合いしたいと思います」

「しかし…不安になりませんか?今は良くても、最期にはきっと彼女を置いていく事になる…」


シュヴァーンは無意識の内に「彼女」という言葉を使い、辛そうな表情をして言った。


「確かにそうかもしれません、でも…それでも私は一緒に居たいと思います、絶対に」


エステルはそう言って満面の笑みを見せた。


「大切なのは一緒に居た時間の多さではなく、たくさん思い出を作る事じゃないでしょうか?」

「思い出を…」


シュヴァーンはそう呟いた後、何処か吹っ切れたように優しく笑みを浮かべた。


「そうかもしれませんね」

「はい!きっとななしっ…」

「…?」

「あ、えーっと…恋愛に年齢は関係ないですよ!」


「ななしもそう考えている」と言いかけてエステルは無理矢理訂正したが、シュヴァーンは特に気にした様子もなくエステルの言葉に頷いていた。


「ありがとうございます」

「いいえ、何かあったら私やユーリにどんどん相談して下さいね!」


エステルは役に立てた事が嬉しいのか、笑顔でそう言った。


「シュヴァーン、もう少し歩きません?もうすぐ素敵な景色が見られますよ!」

「ええ、構いません」


シュヴァーンの答えにエステルは喜んで、軽やかな足取りで丘を上って行く。そして丘の頂上付近に到着したエステルは一面に広がる花畑を指差して言った。


「見てください、すごく綺麗で…」


そこまで言ってから、エステルは丘の上に二つの人影を見つける。そこには何故か丘に腰を下ろして楽しげに話をするユーリとななしの姿があった。


「(な、何故ユーリとななしが…!?)」

「…どうされたんですか?」


急に黙ってしまったエステルに首を傾げながら、シュヴァーンは彼女の横に立つ。すると、同じ様にシュヴァーンも二人を発見した。


「ユーリと…ななし?」

「シュヴァーン、少しここで待っていてもらえますか?」


それだけ言うとエステルはユーリ達の元に駆け出して行ってしまった。


「ユーリ!!」

「ん?エステルじゃねーか…どうしたんだ、そんなに慌て…」

「どうしてユーリがここに居るんです!?」

「はぁ?俺が居ちゃ駄目なのか?」

「駄目です!タイミング悪いです!」


エステルにきっぱりそう言われてユーリは少しだけムッとする。


『シュヴァーンさん…』


ななしの言葉でユーリもシュヴァーンの存在に気付く。そして、エステルの焦りようを理解した。


「あぁ…なるほどな」

『???』


何がなんだかわからないななしは首を捻って二人の会話を聞いていた。するとすぐ横に同じ様に不思議そうな顔をしたシュヴァーンが現れる。


「奇遇だな、こんなとこで会うなんて」


ユーリは軽い調子で答えるが、シュヴァーンはななしとユーリをちらりと見て言った。


「すまない、邪魔…してしまったか…?」


その声が憂いをおびているのは気のせいではないのだろう。ユーリは苦笑いしながらエステルの腕を取る。


「悪いな、シュヴァーン。ここまでコイツをエスコートしてもらって」

「ユ、ユーリ?」

「俺達はちょっくら用事があるんでな、後は頼んだぜ」

『え、ユーリさん!?』

「おい…!」


ユーリはそのままエステルと共に丘を下りて行く。エステルの姿が消える間際、彼女が小さくガッツポーズしたのをななしは見逃さなかった。


『(頑張れ、って事なんでしょうか…)』


エステルは「シュヴァーンは怒ってない、大丈夫!」という意味で合図を送ったのだが、それが伝わるわけもなくななしは結局当初の悩みを抱えたままだった。




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