「さて」 朝食が済んだ後、イタチはアリスに向かってそう切り出した。 「何かやりたいことはあるか」 その問いにアリスが考えているのを、メンバー達は何も言わず見守る。 本来であれば部屋へ戻るなり近場へ任務に行くなりするところなのだが、今日に限っては誰も出て行く者はいない。 というのも、一番子供慣れしているであろうイタチの対応を見るためだ。 ただでさえ子どもと触れ合う環境になかった暁メンバーだというのに、それに加えて相手は予想だにしないほど厄介な性格。 その内回ってくる担当のためにアリスの日常生活なるものを把握しておきたかった。 「わたくし、この世界のお話をお聞きしたいですわ」 少し考えた結果口にしたその言葉。 イタチが「この世界の話」と聞き返すとアリスは双眸を輝かせて返事をする。 「お母様が仰っていました。わたくし達が住んでいる世界とは別に、もう一つ似て非なる世界が存在する、と。ですからこちらに住んでいらっしゃるお兄様に是非お話を伺いたいのですわ」 「わかった。・・・そうだな、まず挙げられるのはやはり使う力が違うという点だろう」 「魔力ではないのですか?」 「ここではチャクラを使うんだ。見ていろ」 そう言って、イタチは一つずつ目で追える速さでいくつかの印を組み息を吸う。 吹き出された炎を見たアリスは感動したように声を漏らした。 途中、炎の進行方向にいたトビが「うわっ、アチッ」と声を上げたが綺麗にスルー。 「口から、炎が・・・」 「“火遁・豪火球”だ」 「初めて見る魔法ですわ。発動条件も詠唱ではないのですね」 「・・・あぁ、そこからか。いいかアリス、この世界には魔法そのものが存在しない。ここでは様々な術を使って任務を遂行する忍が大半を占めるんだ。忍というのは───」 そこから始まった“忍講座”を、アリスは相槌を打ちながら真剣に聞いている。 一方のメンバー達は暇を持て余していた。 「長くなりそうッスねー」 「暇だ・・・うん」 「仕方ないわよ。アリスからしてみれば見るもの聞くもの全てが新しい事でしょうから・・・。まずはここの常識を知っておかないと」 「そりゃそうだけどよー・・・」 小南の言っていることは至極当然なのだが、なんせ自分たちにとっては聞く必要のないことだ。 暇だ暇だと愚痴りながら約1時間、イタチの話が終わるまでいつものトリオは不満を零していた。 ────────── ──────── ────── 「───ということだが・・・大体わかったか?」 あらかた説明し終えたイタチがそう聞けば、アリスは満足したように「はい」と答える。 「つまりわたくしに忍は向いていないということですのね」 「そうか?」 「はい。木から木に飛び移ったり冷たい水に潜ったりするだなんて考えられませんもの。野宿、というのだって、わたくし絶対に遠慮したいですわ」 「・・・ついこの間までやって普通にやってましたよね?」 「部下率いて率先してな、うん」 「んなことよりいい加減あの性格と言い回し何とかなんねェのかよ。ガキのくせしてウゼェ」 「あれが金蘭になるなんて・・・人生分からないものですね」 コソコソと会話する彼らに、聞いていたメンバーが頷く(特に最後の)。 唯我独尊で排他的な目の前の彼女と、里の支柱の一端を担う人気者の彼女。 同一人物のはずなのに驚くほど正反対だった。 「育ってきた環境というのもあるからな。俺達にとっては普通でもお前には慣れないことばかりだろう」 「でもお兄様のお話はとても面白いです」 「そうか。知識欲があるのはいいことだ。本当はアカデミーの教科書でもあるといいんだがな・・・」 そう言ってイタチは短く息を吐く。 基本を勉強するならやはり口頭よりも図や解説が載っている本がいい。 しかしここはS級犯罪者のアジト。 そこら辺の忍など足元にも及ばない強者ばかりが集まる場所に、そんな優しいレベルの読み物が置いてあるわけがない。 「まぁ、本は必要になったら買えばいいだろう。アリス、他に何かやりたいことはあるか」 「・・・お兄様はお時間大丈夫ですか?」 「あぁ。やらなくてはならないことも特にないからな」 「それなら、文字の練習をしたいです」 コテンと首を傾げてイタチを見上げる。 「・・・文字の練習か」 「はい。文字の練習です」 意外な提案にイタチは間をおいて聞き返し、アリスはそれに頷く。 彼は少し待っているように言うと少し席を外して紙と墨と筆を持ってきた。 「使い方は分かるか」 「・・・・・いえ」 「・・・・・そうか」 「なぁー・・・ヒマ!」 「やることないもんね・・・」 「仕方ナイダロ」 「時間の無駄ッスねぇ。どうせなら参加しちゃいます?イタチさんの文字講座」 「お、いいなそれ!行くぜトビ!」 「イエッサー!」 「俺も俺もー!」 「ちょっと貴方達・・・!」 小南の制止も聞かず、飛段も連れて三人が出て行く。 丁度イタチの説明が終わった所だった。 「アリスちゃーん!僕達も時間あるから教えてあげますよ!」 「・・・」 慣れない手つきで文字を書こうとしていたアリスが振り向いて顔を顰める。 「んな顔しなくてもいいだろ、うん」 「貴方達に教えられるなんて屈辱」 「お前なァ・・・」 「だって、三馬鹿だとお兄様が」 首を傾けて言うアリスにデイダラが眉を吊り上げた。 「イタチてめぇ!」 「イタチさん!いつの間に!何教えてんですか!?」 「力関係は一度決まったらなかなか変えられないからな」 「んなら正しく教えろよ!」 「どう考えても新人最年少のコイツが一番下にいるべきだろ!うん!」 「ハッ、わたくしが貴方達よりも下だなんて有り得ないわ」 「ほらほらほらァ!イタチさんのせいで生意気な子に育っちゃったじゃないですか!」 ワイワイガヤガヤ。 それなりに盛り上がっている光景を見て、小南がクスリと笑みをこぼした。 「小南?」 「いえ・・・アリスったら、ああ言ってる割には楽しそうだと思ってね。賑やかだわ」 「煩いことこの上ねェな」 「同感だ」 頭痛でもするかのように顔を顰めるサソリと角都。 「ゲハハァ!おいおいアリスちゃんよぉ、字ィ潰れてんぜ!」 「“ちしすせそ”ってなんスかっ!“さ”の字逆ッスよ!」 「お前何歳だよ、うん!」 「ムッ・・・」 「そう怒るな、アリス。初めてにしてはよく出来ている」 お世辞にも上手とは言えない字を馬鹿にされて怒るアリスを、イタチが宥める。 “あ”から“ん”まで一通り書いたところで一度筆をおいた。 「・・・・・」 「・・・ププッ」 不格好な文字が並ぶ紙を眉を顰めて見つめるアリスと、紙をのぞき込んで笑いを堪えているような反応をする三人、と、その三人を呆れたような顔で見ているイタチ。 そこに成り行きを見守っていたペインが紙に書いてある文字に目を滑らせてアリスに視線を移した。 「・・・何」 「話せるのに書けないのか」 「あ、あまり書く練習はしてこなかったんだもの・・・!道具だって筆と墨と紙ではなくて羽ペンとインクと羊皮紙だったのっ。それだったらもっと綺麗に書けるのっ」 「“ち”しすせそ」 「Be silent!」 (黙りなさいっ) 綺麗・綺麗じゃない以前の問題を指摘をされて羞恥に顔を染める。 このまま学のない小娘だと認識されるのは己のプライドが許さない。 アリスが卓上に手を翳すと愛用の筆記用具が現れた。 目を見張るメンバー達などお構いなしに、慣れた手つきで羽ペンをインクに浸して羊皮紙に滑らせる。 「────ほら御覧なさい。きちんと書けているでしょう」 3行程の滑らかな筆記体で書かれた文の下に先程よりも大分良くなった平仮名で [貴方達に頭の心配をされる必要などないのよ。トロール並みにスカスカで軽い貴方達の頭と、書庫を詰めたように密度の高い私の頭を一緒にしないで。] と書かれていた。 「上が母国語で下がその訳よ」 「・・・トロールっつーのは初めて聞くけどよォ」 「取り敢えず馬鹿にされてるのは分かったぜ、うん」 「羽ペンってこれ、鳥の羽ッスよね?こんなんでよく書けますねー」 「やはり言葉が違うと文字も違ってくるのか・・・」 羊皮紙をのぞき込む彼らを横目に、アリスはイタチに字を褒められてホクホクしていた。 その後は再び筆を使って平仮名と片仮名の練習をして1日が終了。 ある意味騒がしくなった(メニューとかマナーとか)夕食も終わり、アリスはイタチに挨拶をして部屋へ戻っていった。
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