1 その日は、そう、借りた資料を戻しに来てついでにその倉庫の片付けをしていた。 失敗はと言えば手の届かない場所にある大きな段ボールを踏み台なしで無理矢理取ろうとしたことだろうか。 ぐらりと傾く段ボール。見えなかったがその上にさらに乗っていたらしい段ボール。夜通し資料を読み漁って寝不足の頭。 あー、危ないな。これ頭に降ってくるよ。 他人事みたいにぼんやり思う事数秒、封をしていない段ボールから古びた巻物や書物が散らばる。この世界で見た最後の光景だった。 ────────── そんなことがあってから次に目が覚めたのは薄暗い洞窟のような場所だった。 見渡せば古そうな建物が広がっていて道を行く人は陰鬱な雰囲気。 こっそり辺りを散策して知らない場所だと認識したツバキは頭を抱える。本当、なんだここは。 そうして困り果てていたところで不意に人の気配を感じた。人数は四人、己の後ろまで来て止まる。 「お嬢ちゃん、こんなところで一人でいるのは危ないよ」 不穏な雰囲気を感じつつくるりと向けば予想通りよろしくなさそうな身なりの男達が嫌な笑みを浮かべて並んでいた。 目が合うなり彼等の目が丸くなる。「東洋人だ」とその口から小さく零れた。 「おい、東洋人だぞコイツ!しかも若い女!コイツァ高く売れんぞ!」 「これだけ綺麗なら店に売るより直接貴族様に売った方が高値つくんじゃねェか?」 興奮する男達に困惑するツバキ。しかし言葉の端々から自分が道楽者の玩具として売られそうになっている事だけは読み取れた。 己だって忍だ。いつまでも狼狽えているほど未熟者ではないし大人しく売られてやるような性格でもない。 殺しは迅速かつ的確に。 隠し持っていた小刀で四人の首を掻き切り死体は近くのゴミ捨て場に捨てた。 それからというもの辺りを散策して食事は売り物らしきものをこっそりいただいて、眠くなったら人気のない建物の陰で眠り、東洋人だなんだと言われて追われ、顔を隠すために布切れを被ってみたり。そんな生活が続いた。 こんな事ではストレスで倒れそうだ。 何人目かの暴漢をゴミ捨て場に捨てて大きくため息を吐く。人を殺すとか物を盗むとかに心を痛めているわけではない。 いきなり知らない所に放り込まれて周りは東洋人だなんだと騒ぎながら追い掛け回してくる敵の山。地下という事で日には当たれないし食べ物の質も良くない。そんな環境が堪らなかった。 忍は体が資本なのに、なんて考えていれば今度は若い女の悲鳴と男の怒声が聞こえて、ツバキはうんざりと顔を顰める。里ではこのような環境はなくむしろ助け合いの精神が大きい方だったから酷く不快だ。 「──君達さ、私と成り上がってみない?」 暴漢に襲われていた数人の青年達を助けてそう尋ねる。 こうも物騒では生活もままならない。四六時中気を張って生きていくなど御免だ。 ともなればまずは生活基盤を整えるところから始めよう。幸い上忍として人を見る目や率いていく能力はあったし、いくら治安が悪く無法者の溜まり場だったとしても正常な人間も少なからずいるだろう。 戸惑う青年達を見ながら、野望を見出したツバキは疲れた顔に笑みを浮かべた。 [ back ] |