創設期企画小説 | ナノ


「ち、父上・・・今何と・・・」

穂の国の城にて、大名の娘であるツバキは震える声でそう問うた。目の前の父親は申し訳なさそうな表情で先程の決定事項を伝えるべく口を開く。

──うちは一族の頭領とお前の婚姻が決まった

聞き間違いではなかった言葉にツバキの体がぐらりと揺れる。
うちは一族の頭領──忍と婚姻?冗談ではない。忍といえば殺しを生業としている野蛮な輩共ではないか。そんな者と結ばれては命がいくつあっても足りない。

「何故・・・何故、うちはほど力のある忍がこの小さな国を・・・」
「表向きは手を組みたいと言うておったがのう。本音は食糧の調達だろうて。ここは国の名の通り米が良く実る故な」

確かに穂の国は土が良く米以外にも多くの食物が生っている。戦の多いこのご時世、食料の確保は重要だろう。そんな中この国が乗っ取られずにいられたのは入り組んだ山の中にあって見つからずにいたからだ。
しかしながら最近では噂になっているらしく少し前に忍を見た人がいたと報告が入っている。

「父上、妾はどうしても嫁がなければならないのでございますか・・・?」
「断ればどうなるかは目に見えておろう。遺憾ではあるがお前に嫁いでもらわねければならぬ」
「・・・さようでございますか。では、そのように・・・」

ツバキは泣きそうに歪んだ表情を頭を垂れて隠すと、俯きがちなまま部屋を後にした。


嫌だ、嫌だ。何故忍などと結ばれなければならない。しかもこの家を継ぐのは兄で相手は頭領──つまり自分が相手の所に嫁入りしなければならないのだ。
ただでさえ嫌な政略結婚なのに、その上見知らぬ土地で大勢の忍に囲まれて生活など出来るものか。

だがしかし受けると言う選択肢を選ぶ他ないのも事実。下手に断って国を荒らされては堪らない。

「大名の娘という立場が煩わしいのう・・・」

布団に身を潜らせたツバキは小さく鼻を啜ってそう呟いた。

──────────

それから約二か月──

城ではツバキの荷物をあちら側に運び入れる、いわゆる道具入れの準備が行われていた。
ツバキもその荷物と共にうちはの集落へ行く予定になっている。
大名の娘の嫁入りとはいえこの時代だ。荷物は最小限に、目立たないよう速やかに、集落へ移動しなければならない。
出立の準備が整ったツバキは護衛のうちはの忍と共に国の門にいた。

「父上様、母上様、お体に気を付けて。兄上様、国と両親をお願いいたします。・・・行ってまいります」

お前なら大丈夫だと、時間があるときに文を送ると、寂しそうに送り出してくれた家族に頭を下げて早々に輿に乗り込む。
あまり長く顔を見ていては行きたくないと泣きついてしまいそうだった。



それから幾日もかけて、途中で着替えた白無垢姿でようやくうちはの集落に到着したツバキ一行。
集まった一族の中から二人の男が進み出てきた。となるとこの男のどちらかが婚姻の相手でどちらかがその兄弟なのだろう。

「遠いところをよく来た。道中大事はなかったか?」
「兄さん、自己紹介が先だよ。
 初めまして、うちはイズナといいます。こちらが兄のうちはマダラです。この度はご結婚おめでとうございます」

軽く頭を下げるイズナにツバキも小さく頷くような仕草をする。
どうやら伴侶となる男は初めに口を開いた方らしい。端整な顔立ちではあるがやはり忍は忍。雰囲気が固いというか冷たいというか鋭いというか──とにかく怖い。
祝言が終わったところで殺されやしないだろうか。
戦々恐々と身を縮こめて屋敷まで歩き出す。途中、前を歩いていたマダラが振り返った。

「・・・目元が少し腫れているな」
「あ・・・いや、これは」
「良い。別に咎めるつもりはない。あとで部屋に水と手拭いを持って行かせる・・・冷やしておけ」

それだけ言うとマダラは再び前を向いた。どうやら嫁ぐのが嫌で泣いていたことは気付かれていたらしい。
不意に、今度はイズナが歩を緩めてツバキと会話できるくらいまで下がってきた。

「兄さんあぁ見えて結構心配性だったりしますから・・・。それに今日義姉さんが来るのを楽しみにしていたんですよ。なるべく心地よく過ごせるようにって義姉さんが使う部屋とか庭とかも穂の国の城に近い造りに改築してましたし」

少し身を屈めてこっそり打ち明けてくれるイズナ。
マダラと違って柔らかい物腰だがこの人も殺しをするのだろうか。
ありがたい気遣いも素直に受け止められず曖昧な返事を返して軽く俯くツバキにイズナは少し困ったように笑って兄の横に戻った。


屋敷に上がるとまず仏壇参りをして、それからお色直しと目元を冷やすために個室に通された。水に濡らした手拭いを目元に充てて十二分に冷やしたあと化粧と白無垢の崩れを直す。準備が整うとツバキは自分を落ち着かせるように胸に手を当てて深呼吸を繰り返した。

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