長編、企画 | ナノ

マイナス・テンポ


意味がわからない。
状況がわからない。
理屈もわからない。

何故201cmの自分よりも上に、162cmの日向が居るのか−!

(バレーが単純だと!?−どこがだ!!)

百沢は、数分前の自分の言葉に対して怒りすら覚える。
日向の打つスパイクが、百沢の手に当たることなく背後へ吸い込まれていった。


烏野がペースを掴み始め、試合が進んでいく。

「先生!翔ちゃんのあの速攻も1stテンポなんですかっ!?」
「ファースト?テンポ?」

鳥養監督へ質問する子供の言葉に、ギャラリーで来ていた美加子先生が疑問を口にする。

「チビ太郎がデカイ奴とどう戦ってんのか知りたいなら、わかってた方がいいぜ先生。」

鳥養監督がニッと笑ってコートに視線を向ける。

中学でバレー部顧問をしている美加子先生にとって、日向が身長で到底及ばない相手に戦えてる理由は是非とも知りたいものだった。
真剣な顔で頷く彼女の後ろで、跳子と谷地も興味深く話を聞いていた。

「高ーくあげたトスに合わせて余裕を持って助走を始めるスパイクが、3rdテンポ。」

バレーは初心者でありながら、それでもブロックの高さをものともしない百沢に対するトスはほとんどこれだ。
目の前でその3rdテンポのスパイクが決まる。

「−トスがあがるのと大体同時に助走を初めて、トスに合わせて打つのが、2ndテンポ。」

田中が影山のトスとほぼ同時に走りはじめてスパイクを打つ。

「スパイカーが先に助走に入って来て、そこにトスを合わせるのが、1stテンポ。」
「皆が"速攻"って呼ぶやつ!」

跳子も理屈では理解していた事だったが、改めて考えてみる。
以前に坂ノ下商店で話したように、日向と影山の超速攻もこの1stテンポの速攻だと思っていた。
でも新しい今の速攻の形が出来た時、その定義にあてはまらないかもしれないと感じた。

「"ブロックに勝つ"という事は、"ブロックよりも高い打点から打つ"という事。…より先に"てっぺん"に到達した者が勝者。」

鳥養監督の言葉に、跳子も頷く。
ただ圧倒的に高さで勝てないのなら、同時に跳んだ時には勝てるハズもない。
跳ぶ速さとタイミングで、てっぺんに到達する時間をずらす必要がある。

「−チビ太郎のアレは厳密には1stテンポではない。」
『!』
「セッターがトスをあげる時点で、スパイカーの助走及び踏み切りが、既に完了している状態…」

コートで日向が跳ぶ。まだボールは影山の元にある。相手がブロックに飛ぶか迷う。
そして、影山がトスをあげると同時にてっぺんにたどり着いた日向がスパイクを打つ。
1stテンポよりもさらに速いタイミングでの速攻。

「−"マイナス・テンポ"だ。」

跳子の中でずっと違和感を感じていたモノがその言葉にスッと溶かされる。

(マイナス・テンポ。そうだ、それが今の速攻のカタチ−!)

そしてその日向の1点で、烏野が第一セットを獲った。


「…でも、アイツらのはマネすんなよ。」
「なんでですかっ」

鳥養監督の言葉に、子供たちが不服そうに声を出す。

「あいつらの"マイナス・テンポ"は、あのセッターの"トンデモ技"があっての攻撃っぽいからな。」
『確かにそうですね。』

跳子も子供たちに向けてニッコリと笑って話しかける。

『それに、日向くんの反射と絶対的信頼があってこそ打てるトスなんだよ。普通はトスが止まるなんて思えないから、頭でそう理解しようとしても打てないんだって。お互いがお互いのために編み出した技だから、その二人にしかできないんだ。』

へぇぇ、と子供たちが感心するように声を出した。
それに満足そうに笑いかけた後、谷地とテンポの話を始めた跳子には烏養監督が続けた言葉に気付かなかった。

「…それにしてもチビ太郎のマイナス・テンポは、単品では確かにスゴイが、使い方がもったいないな。」


運命の2セット目。
敵も味方も、全員の顔つきが変わる。
熾烈な点取り合戦が始まろうとしていた。


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