長編、企画 | ナノ

春高予選、開始


「明日の予選で2回勝てば10月の代表決定戦へ進出できます。」

一次予選を明日に控え、練習前に武田が簡単に説明をする。

「一次予選は2回しか試合できないんですかっ」
「俺達はIH予選でベスト16まで行ってるから、今回の一次予選一回戦は免除になってるんだよ。」

日向の少し残念そうな質問に菅原が答えると、その理由に日向が「おれ達スゲーッ」と感動する。

「今の君達なら必ず通過できます!!いつも通りやりましょう!!」
「「「っしゃあああ!!」」」

(お世辞でも何でもない…君達は本当に強くなった。)

武田の激励に部員達が気合いの篭った声で答える。
雛たちはすっかり成長し、この春高という空にいよいよ飛び立つのだ。

「いよよいよいよこ…公式戦すか…。きっききんちょ緊張してきた…。」
『どっどうしたの仁花ちゃん!超震えてるけど!』
「仁花ちゃんには初めての大会だもんね。」

話しながらふと清水が、練習を開始した3年生たちを見つめる。
澤村、菅原、東峰。
彼らが直向きに頑張る姿をずっと側で見てきた。

「−私には、最後だ。」
「『!』」

−3年生がいる、最後の大会−

途端に目を潤ませて言葉のなくなった二人に、清水が慌てて謝る。

「!!ゴメンゴメンゴメン涙目にならないで。」
「な…なってないッス!蚊が入っただけッス…!」
「蚊が!?」
『そ…そうです!それでかゆくて涙が出てるだけでス…!』
「しかも刺されたの!?」


8月11日、一次予選当日−。
試合会場の加持高等学校に跳子は一人で先に来ていた。
2回戦で当たる学校の情報収集のためだった。

出羽一vs扇南戦。

(扇南が優勢、かな。このメンバーで戦い慣れてそう…。元々3年生が少なかったのかもしれない。)

試合はそのままストレートで扇南が一回戦を突破した。
跳子は急いでもう着いているであろう皆の元へ向かう。


「アレだよ、ほら烏野」
「え?」

烏野が集合しているスペースでは、周囲からちらほらと噂する声が聞こえる。
IH予選で青葉城西とフルセットの試合をしたことで、以前よりも注目を浴びるようになっていた。
もう不名誉な異名を口にする者はほとんどいない。

元より有名だった影山・西谷の他にも、レギュラー陣のほとんどが噂になっている。
しかし烏野で何よりも有名だったのは…

「そんでなんつってもマネがカワイイ!つーか美人!つーかエロい!」
「アレ?今はいないけど、こないだもう一人すんごい可愛い子もいたよな?」
「ってかまた別のカワイイ子もさらに増えてね?」

清水と谷地を見た高校生たちが、羨望の眼差しを烏野に向ける。
ちょうどそこへ跳子が手をブンブン振りながら皆の元へ戻ってきた。

『お疲れ様です!おはようございます〜!』
「おっ鈴木。先に行ってもらって悪いな。」

跳子を見て周囲がザワつく。

「あの子か!やっぱスゲーかわいい!」
「っつか烏野なんなの!?なんで最上級系が3人もいんの!?」
「俺も烏野にすればよかった…。」

こそこそと話しているのが聞こえているのか、澤村が笑顔でグルンと見回す。
やべっと言いながらマネージャー達から好奇の視線が外され、注目は別のところに移る。

「…あとはやっぱアレだろ…ちっこいのにMBで無茶苦茶な速攻打ってくる−」

周囲に背を向けて柵に肘をかけていた日向が、跳子の声を聞いて振り向く。

「烏野の10番!」
「!?なんか凄いゲッソリしてる!!」

−その日向の顔がなんだか干からびていた。

『どっ…どうしたの!?日向くん!!』
「いや、実はなぁ…。」

澤村が跳子に説明してる途中、谷地が日向に心配そうに近づく。

「ひ、日向。大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。来る途中で吐いたしスッキリした。お腹空っぽだけど…。」

それを聞いた谷地がバッグを漁っている間、座って聞いていた月島がバカにするように笑う。

「朝から大量にカツ丼食べてくるとかウケる。そら酔うわ。」
「このボゲ日向くそボゲエッ!」
「…影山の罵倒ボキャブラリーは「ボゲ」だけだなぁ…」
「!!がっ頑張って増やしますっ」
『増やさなくていいよ!影山くん!澤村先輩もどこにつっこんでるんですか!』
「いや、モノマネのレパートリーを…」

影山と澤村のやり取りに思わず跳子がツッコんでると、谷地がようやく探し当てた飲むゼリー飲料を日向に渡した。

「チューチューするやつあるよー。」
「おー!!ありがとう!!」

谷地からそれを受け取りながら、日向が月島に反論する。

「勝負の日はカツ食うだろ普通!」
「普通とは一体」

日向の常識を疑う月島の隣で山口がオプ、と青ざめる。

「ひ…日向のゲロ思い出したら貰いゲロしそう…」
「!?早くトイレ行きなよ!」
「お…俺も緊張と相まって…ウッ」
「集中してんなと思ったらゲロ我慢してたのかよ!?」

更に静かに黙っていた東峰がとうとう耐え切れずに決壊しそうになり、菅原がツッコミながらトイレに促す。

大騒ぎの部員たちを遠目に見て、跳子が隣りの澤村にぼそりと言う。

『…行きも大変だったんですね。澤村先輩…。』
「わかってくれるか、鈴木…!」

澤村がくぅっと涙をふいた。


そしてようやく落ち着いた頃、跳子がいつも通りビデオを観ながら鳥養たちと話す。
攻撃力は結構高いんですが…と前置きをしてから跳子が続ける。

『なんというか、もったいないという印象ですね。パワーがあっても繋ぎが途絶える場面があります。強気の時はいいんですが、劣勢になると諦めが早い、というか…。必死にやることから逃げているように見えます。』
「そうか…。まぁそういう気持ちもわかるよな。」
『?』
「鈴木は覚えてないか?前回IH予選のTVで見た白鳥沢の初戦の相手−」
『…あっ!確かに扇南、でしたね…。スコアは確か…』

2セット目に25-6という大差がつけられていたのを跳子が思い出した。

「…それが諦めた結果なのかもしれねぇな。」
『そう、ですね。でも…やっぱり少し、残念ですね。』

相手チームとは言え、一生懸命やることの素晴らしさや格好よさ、全力のなることの楽しさはきっと変わらないはずなのに。

(みんなと戦うことで、少しでもそれが伝わればいいな。)

跳子は心で思いながら、次の試合会場である西田vs角川学園の観覧席に向かう。


そして会場では、前の試合が終わり公式WUのために烏野たちがコート入りする。
新生烏野。その力を発揮すべく、エモノを捕えようと烏たちの目が光った。


|

Topへ