長編、企画 | ナノ

好敵手との出逢い



『すごい…!』

黒尾が猫又監督に許可を得た上で、音駒側のベンチに座って試合を見ていた跳子は、目の前で繰り広げられる好敵手との試合に見入っていた。

(いいライバルってこういうことなんだ…!)

惜しみなく自分たちのできることを全て出し切り、その相手を攻略し、またさらにそれを凌駕するために進化する。

空気が熱くて冷たい。
息苦しいけど心地よい。
勝ちたいけど、終わりたくない。

そんな流れを跳子は間近で、肌で感じ取っていた。


タイムアウトがかかると跳子はスコアを書き込む手をとめ、音駒のマネとしてタオルや飲み物を配りながら、その合間に様子を観察し続ける。
敵陣をこんなに近くで見れる機会はそうそうない。
猫又監督と共に指示を出していたのは、音駒のセッターの研磨だった。
その観察眼の鋭さと攻略能力に驚かされる。

『これが、音駒の"脳"…!』

試合前の円陣の際に言っていた言葉にようやく繋がった。



(っあぁ、日向くん…!)

ようやく手に入れたという高い壁と戦う力を、犬岡に止められてしまった。
何度も何度も躱しては飛んで、壁にぶち当たる。

「…見てるのがツライかい?鈴木さん。」
『!』

ふと横にいた猫又監督に話しかけられた。

「でも、目をそらしちゃいけない。」
『…ハイ。』

「−気力を挫く"人の壁"。打てば打っただけ心は折れて−」

その時、うつむいて肩で息をしていた日向が顔をあげた−

「−わらった…。」

確かに、笑っていた。
純粋無垢なその強さに、味方のはずの跳子もゾクリと肌が粟立った。



結局試合は3試合やったが、烏野は一度も勝てないままだった。
でもみんなの顔は、悔しいながらもどこか晴れ晴れとしているように見える。
今日会ったばかりのはずなのに、お互いに往年の盟友のようだった。

"全国大会で会おう"

そう誓い合って、手を振って別れた。

「くくっ。おもしれーじゃねーか、烏野。」
「悪い顔してるなぁ黒尾。まさかマネージャーを連れてくるとは思わなかったよ。」
「かっかかかっ…可愛かったッス…!」
「まぁな。確かに可愛いかったしな。俺に感謝しろよ山本ぉ。」
「クロ…クロは面白がってるけど、あの子結構やると思うよ。」
「?」

研磨がそれだけ伝えると、音駒は新幹線の時間のために駅まで走ることになった。


烏野は、コーチを引き続きやることに決めたという烏養とともに学校の体育館に戻り、練習試合の反省と分析、そしてまた練習を続け、いつもの時間に解散となった。

いつもの通り二つの影が伸びる帰り道、今日は何となく二人とも口数が少なかった。
もうすぐ家に着くという時、跳子が口を開いた。

『負けちゃいましたね。』
「あぁ、完敗だ。」
『でも悔しいですが、得るものは多かったですね。』
「そうだな。確かに、自分たちの課題も多く見つかったしな。」
『…私、』

言いかけて跳子が、一度言葉を飲み込んだ。
澤村はこんな時、無理に聞いてはこない。
それにどこか安心しながら、跳子は無理なく言葉を紡ぐことができた。

『私、日向くんの直情的な強さが…羨ましかったです。』
「…?」

澤村が疑問に思いながら、二人は足を止めずに目の前の角をゆっくりと右に曲がる。
すぐそこには跳子の家が見える。が、今日は家の前に誰かが立ち止まっているようだ。

(家の人か?)

澤村は挨拶をすべきか迷い、確認しようと自分の傍らに目を向けるが、そこに跳子はいなかった。
少し振り返るとすぐ後ろで足を止めていたのだ。

「鈴木…?どうし」
「跳子!!」

何事かと声をかけようとした澤村の声が、背後から聞こえた声にかき消された。
恐らく家の前にいた人物が彼女の名を呼んだのだ。


『若…くん。』

跳子の口から、震えるように小さな声が聞こえた。


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