長編、企画 | ナノ

幼馴染みってヤツ。



『若…くん…。』

その場で立ち尽くす跳子に、澤村は引き返すように一歩彼女に近寄る。
それと同時に、澤村の後ろから駆け寄るような気配を感じた。

「跳子!探したぞ!」

男が二人の前に立った。
暗がりではあったが、何故か澤村はこの男に見覚えがあるように感じた。
男の方も澤村の存在には気が付いているようだったが、チラリと一瞬視線を向けただけですぐに跳子に向き直った。

(まるで"お前に用はない"と言われてるみたいだな。…まぁ実際そうなんだろうが…。)

少しだけカチンときて、澤村は無遠慮にその男を見る。
ずいぶんと背が高い。
話し方もあってか、威圧感というよりも威厳すら感じさせるような男だった。

「跳子、何故ここにいる?何故白鳥沢にこなかったんだ?」

(白鳥沢…?)

宮城で、いやもはや全国でバレーボールをやっている人なら誰もが知っているであろう強豪校の名前が出てきたことで、澤村は目の前の人物に見覚えがある理由がようやくわかった。

(牛島…!牛島若利か…!)

『…。』
「黙っていてはわからない。お前のおじさん達に聞いても、ハッキリしたことを教えてはくれなかった。何を聞いても"跳子は体調を崩して、白鳥沢にはしばらく通学できない"と繰り返すだけだ。」
『!!』

黙って聞いていた澤村に、牛島の言葉がひっかかる。

("しばらく"?"しばらく通学できない"ってどういうことだ?)

「腑には落ちないが体調が悪いなら仕方ないと思っていたが、教師の話では今年の入学者にお前の名前はないということだった。おかしいと思って、昔聞いたことがあるお前の祖父母の家に来てみたんだ。家は留守のようで誰も出なかったが、こうしてお前が帰ってきたところだ。」

『…お母さんたち、まだそんなことを言ってるんだ…。』

ようやく聞こえてきた跳子の声に澤村は驚いた。
今まで聞いたことがないくらい低い声だったからだ。
しかしまた跳子はうつむいて黙り込んでしまった。

どうやら牛島と知り合いのようだが、それにしては様子がおかしい。

澤村はしゃがみこんで、跳子の顔を覗き込んだ。
夜の暗闇でわかりにくかったが、近くで見てみれば、もはや顔色は白に近かった。

「鈴木!大丈夫か!真っ青だぞ!」
「何?!」
「牛島、だよな。事情はよくわからないが、今日はもう帰ってくれないか?」

このままでは事態が悪化すると思った澤村は、牛島を見てそう言った。
牛島が心外だ、とでもいう風に顔を歪める。

「…そもそもお前は誰だ。何故こんな時間に跳子と一緒にいる?」
「烏野高校バレーボール部3年、澤村だ。部活帰りに鈴木を送りにきた。」
「烏野…バレーボールだと…?」

もう一度烏野、とつぶやいて、牛島は澤村に顔を向ける。

「跳子が烏野に通って、バレーボール部のマネージャーをやっているということか…?」

何故そこにそれほどひっかかっているのか理解できないまま澤村が答えようとした時、跳子が震えるような声を上げた。

『…そうだよ、若くん。私烏野に通っているの。体調なんて悪くないよ。』

そして顔を上げる。
澤村がたまに部活中に見かける、あの苦しそうな表情だった。

『…若くん、ごめん。もう帰って。そして、もう来ないで…。』
「!」
『お母さんたちが何て言おうと、私は白鳥沢には行かないから!烏野に居場所を見つけたの!』

拒絶の言葉とその剣幕に圧されたのか、牛島は少し間をあけて言った。

「…わかった。今日は遅いしもう帰ろう。これ以上ここで騒ぐわけにはいかない。」



牛島が帰った後もしばらくの間二人はそこから動けなかったが、このままではいけないと、澤村が跳子に優しく声をかけた。

「…鈴木、もう家に入れ。今日は玄関まで送るから。動けるか?」
『…ハイ。』

玄関のカギを開け、家の中に入る。
確かに留守のようで、家の中には静けさと闇が広がっていた。
もちろん澤村がここまで入るのは初めてだ。

「家の人はいないのか?」
『今日はおじいちゃん達、用事があって帰ってこないんです。』
「そうか…。」

こんな様子の跳子を一人にするのは気が引けるが、まさか自分が泊まっていくわけにはいかない。
友達を呼ぶか?と聞いてみたが、跳子は黙って首を横に振るだけだった。

「ちゃんと身体を休めるんだぞ。」
『…澤村先輩、本当にすごいですね。こんな状態でも何も聞かないでいてくれるなんて。』
「…聞きたいけど、怖くて言い出せないだけかもしれないな。」

自重したような物言いに、跳子は少しだけ微笑みを浮かべる。
半分泣いたような顔だった。


『澤村先輩、うまく話せないかもしれないけど。
聞いてもらってもいいですか。』


澤村は小さく息を飲み、強く頷いた。


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