長編、企画 | ナノ

猫かぶりな茂庭くん


※特殊設定のお話なのでご注意ください。


毎週水曜日は選択授業の関係で、最後のコマが空いてしまっている。
だからたいていこの日には早めに部室に行き、普段なかなかまとめてできない仕事なんかを一気に片付けたりしていて。

今日も同じように部室に向かおうと、帰り支度を済ませて通りかかった渡り廊下。
ふと見上げた先には、抜けるような青空が広がっていた。
台風一過とはよく言うけれど、本当に一昨日までの荒れた天気が嘘みたいだ。

そんな空を見ていたら、今日は部活が始まるまでゆっくり外をふらついてみようかな、なんて思った。


中庭に出てみた途端、チリつくような日差しが眩しくて手をかざしてみた。
しかし同時に少し涼しい風が通り抜けていき、夏と秋の狭間の空気を肌に感じる。
少し心配だった地面はすっかりと乾いていて、歩くのに支障はないなぁとホッとした。

中庭を進んでいけば、すぐに木が程よく太陽光を遮っている場所に出る。
フッと息をついてそこにあるベンチに腰をかけ、そのままぼんやりと上を見上げるように背もたれに首を乗っけた。
ちらちらとこぼれる木漏れ日に、優しいあの人の顔を思い出す。

(茂庭さんに会いたいなぁ…。)

こんな時にはついそんな事を考えてしまう。
先輩たちが部活を引退してから、そろそろ3か月が経とうとしているのに。

(こんな時、というか、どんな時でも、かな?)

自分で自分の思考にツッコんでみれば、つい苦笑が漏れた。
確かに茂庭さんのことを考えるのに、特に時間や理由は関係ないかもしれない。

引退した後も忙しい合間をぬって顔を出してくれることもあるものの、やっぱり会う機会は格段に減ってしまった。
新体制に慣れ始めた最近では、むしろ先輩たちはあえて来るのを控えているようにも思える。
自分の生活が大きく変わったわけではないけれど、先輩への想いだけが満たされずに、ぽっかりと空白のようになっていた。

(…私、こんな感傷に浸るようなキャラではないのに。)

秋だから、かもしれない。

そんなしんみりした気持ちを吹き飛ばすように、ブンブンと頭を振ってみる。
それだけでなく、誰もいないのをいいことに、気持ちの矛先の人の名前を口に出してみた。

『もーっ、茂庭さんめー!』
「っんにゃっ!?」
『えっ?』

すぐ近くから聞こえてきた鳴き声にビックリして、ぐるりと首を回してみれば、同じようにびっくりした表情の猫がちょうど茂みから身体を出したところだったみたいで。
その場から動くことなく、ただただ大きな目で私を凝視していた。
そんなに大きな声を出したつもりはなかったが、随分驚かせてしまったらしい。

『あっ、ごめんね?ビックリさせちゃった!?』

猫に理解できるはずもないのに無意識にそう話しかけてみれば、その猫は私の言葉を否定するようにブンブンと首を横に振る。
一瞬よかった、と安心しかけるが、よく考えればものすごくおかしなことで。

『え。君、言葉わかるの?』
「っ!」

スススと近づいて猫を抱き上げながらそう聞いてみれば、目を見開いた猫がもう一度首を振った。

…いや、確実にわかってるよね。ソレ。
すごいな、この猫。意思疎通完璧?


そのまま猫と共にベンチに腰掛け直して、顔を覗き込んでみる。
男の子っぽい顔つきの猫は、なんだか妙にビクビクとしているように見えたけど、だからといって別に逃げようとする様子もなくて。

(−可愛い。)

どことなく、茂庭さんに似てるかも。

じっと見つめていると、今度は何だか居心地が悪そうにそわそわとし始めた猫くん。
目の奥に大好きな茂庭さんの面影が見える気がして、より一層愛しさが増した。
そっと撫でてみれば少し安心したように、その瞳をとろんと微睡ませる。
ふんわりとした手触りが気持ちよくて、少しクセのある茂庭さんの髪の毛を思い出した。

『可愛いなぁ。』

今度は声に出して言ってみた。
ピクリと耳をそばだてた猫くんが、少し照れているようにも見える。

その姿に胸がきゅーっとして、私は猫を抱き直した。

『猫くん、チューしようか。』
「にっ?!」
『んーーっ、』

あまりの猫の可愛さに思わず唇を近づけていくが、直前でふぃと避けられる。
そのせいで私の狙いは逸れてしまい、唇が触れたのは猫のほっぺた。
鼻元にあたるひげの感触がくすぐったくて、つい笑いが漏れてしまった。

「…。」
『…。』

目を開けてみれば、目の前でなんだか気まずそうに私から目を逸らす猫くん。
そのあまりの人間臭さに、つい拗ねたような声が出てしまって。

『ちょっとー。私とチューするのがそんなに嫌なわけー?』
「っ!!」

猫を間近に抱えたまま、そう頬をわざとらしく膨らませてみれば、ビクリと肩を跳ねさせた猫が、焦ったようにふるふると首を横に振った。
やっぱ会話が成り立ってるみたいで面白い。

『じゃあ大人しくしてなさーい。』

狭い猫の額におでこをコツンと軽くぶつけてみれば、彼はダラダラと冷や汗をかき始めた。
抱いている両腕に、彼の体温を感じる。
随分と熱くなっているのがわかった。

というかもうこの瞳がまんま茂庭さんっぽくて、申し訳ないと思いつつどうしても離してあげる気になれない。
好きな人に会いたくてもなかなか会えない、そんな可哀そうな私に、神様が遣わしてくれた癒しの猫くんなのかも、なんてバカなことまで考える始末。

『ごめんね。でも君、茂庭さんに似てるんだもんー。』
「!」
『もう茂庭さん不足が深刻すぎて、手放せないんだよー…。』

ムギューッと潰さないように気を付けながら抱きしめれば、また腕の中の小さな猫くんの体温がカッとあがった。
少し腕の力を緩めてみるが、すっかり固まってしまっているみたい。

そんな猫をチラリと見てみれば、再びむくむくと湧き上がるイタズラ心。
猫くん相手にドキドキしたり、ちょっと今の私、色々テンションがおかしいのかも。

『スキありっ!』

そんな猫くんの口にチュッとキスをしてみれば、「ニ゙ャッ」と小さく彼は鳴いた。
何故こんなにキスしようと意地になっていたのか自分でもよくわからないけど、その反応に満足して私は猫くんを地面におろす。
もしやキス魔か欲求不満の気でもあったのだろうか。

『あははっ。ごめ、…えっ?!?』

次の瞬間、目に飛び込んできた信じられない事態に、思わず声が裏返ってしまった。
もう一度猫の方に視線を向けてみれば、私の足元にいたのは何故か人で。

いや、人、というか、体育座り状態で必死に顔を隠しているけど、どう見てもそれは茂庭さん、で。
手で隠しきれていない耳が、真っ赤だ。


『も、ももも、茂庭さんっ?!』

私の声にピクリと反応し、やがて諦めたようにゆっくりと手をどけた。
やっぱりそこにあったのは、耳と同じくらい真っ赤になった茂庭さんの顔。

「…鈴木、さん。」
『な…、茂庭さ…?いつ、というかどうして、というか、ぇえ?!』
「ご、ごめんっ!」

パニック状態の私に向かって、茂庭さんがパンッと両手を合わせて謝ってくる。
謝られる理由もわからないし、茂庭さんが突然現れたのは何故かわからないし、そもそも猫くんは一体どこへ。

「ごめん、俺もちょっと事態を完全に把握してるわけじゃないんだけど。」
『は、ぁ。』
「ただ、今の猫は、俺だったというかなんというか…。」
『…はい?』

それはつまり、茂庭さんに似てたあの猫くんは、茂庭さん自身だった、と。

あり得ない、と思う反面、私は心のどこかで妙に納得もしてしまっていた。
他の人が言ったらにわかに信じがたい話だけど、茂庭さんがそんな嘘をつくわけがない。

それに、何より私がドキドキしたのだ。
それこそ相手が茂庭さんである証拠じゃないか。

彼がさきほどの猫であったという事を考え込んでいた私に、茂庭さんが小さく呼び掛ける。

「…嫌なわけ、ないよ。」
『え?』
「でも、何も伝えてないのにキスするわけにはいかないとか思って避けただけで…!」

バッと顔をあげて、焦ったように茂庭さんがそう言った。
そしてすぐに「まぁ結局しちゃったんだけど…」とモゴモゴと語尾が消えていった。

何の話かと一瞬戸惑うが、すぐに猫にキスを避けられた時のことを思い出す。

−"私とチューするのがそんなに嫌なわけー?"

あぁ、私ってばなんてことを!

茂庭さんが猫であったのが事実なら、私はとんでもないことをやらかしたのだと今さら気づく。
知らなかったとは言え、好きな相手に無理矢理キスをしようとした挙句になんて上から発言…。

恥ずかしいやら情けないやら申し訳ないやらで何も言えなくなってしまえば、二人の間に一瞬の沈黙が流れる。

「あの、さ。」
『…ハイ。』
「色々とおかしくなっちゃったから、ちょっと最初からやり直していいかな?」
『??』

チラリと視線だけで向かい合った茂庭さんを見上げてみれば、覚悟を決めたようにスッと大きく息を吸うのが見えた。

「俺は、鈴木さんのことが好きです。」
『っえ、』
「あと、猫の姿から戻してくれてありがとう。」
『え、あ、いえ。』
「それは鈴木さんが俺にキスしてくれたおかげなんだけど。でも俺は、もう一度ちゃんとしたいんだけど、いいかな?」
『はっ、はい。』

私を見つめる力強い目に、思わず大きな声で肯定の返事をしていた。

そのまま、グッと握られた両手に目を丸くしていると、引き寄せられるように茂庭さんの顔が目の前に。
無意識にギュと目を瞑れば、唇よりも先に鼻同士がぶつかってしまって。
短く触れた唇が離れれば、互いに鼻の頭が赤くなっているのが見えた。

「いてて…。締まらないなぁーもう…。カッコ悪くてごめん。」

照れながらフッと細めた目。
優しいのはいつもの茂庭さんなのに、何だか初めて見る顔をしていて。
ドキドキと高鳴る心臓を押さえながら、そういえば私はまだ気持ちを伝えていないことに気づく。

『あの、茂庭さん。』
「な、なに?」
『どちらにしても気持ちは決まってますし全然文句はないんですが。…私、まだ告白のお返事してないような…。』
「え、…あっ!」

赤くなったのか青くなったのか複雑な変化を遂げた茂庭さんが、また「ごめん鈴木さん!」と謝る姿につい笑ってしまいそうになる。

"私にとっては、それが誰よりもカッコイイんです"、だなんて。
もし素直に伝えてみたら、あなたはどんな表情を見せてくれるだろうか。


みんてぃあ様、リクエストありがとうございました!


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