長編、企画 | ナノ

ミミズクかぶり(?)な木兎くん


※特殊設定のお話なのでご注意ください。
※シリーズ "猫かぶりな木兎くん"の続編です。


ポカポカと暖かい陽気の差し込む窓際で受ける午後の授業は、どうしたって眠くなるに決まっている。
しかも一番後ろなんて、聞こえてくる先生の低い声がまるで子守唄のようで。
こればかりは私のせいじゃない。

頬杖をつきながらぼんやりと黒板を視界に捉え、そんなよくわからない言い訳を思い浮かべていると、一瞬ガクリと自分を支える腕から落ちそうになった。

(っ危な。…いや、でもこれはどうしたって眠気なんて覚めないわ。)

ブンブンと頭を振ってみても、ぺちぺちと頬を叩いてみても、元の体勢に戻ればもちろん再び襲ってくる強烈な睡魔。

もういいやとそれに身を任せるようにうつらうつらと微睡んでいると、窓から差す日差しがスッと翳った気がした。
少し目元が眩しかったからそれはまたいい感じだなーなんて思っていたら、コツコツと窓を叩く小さな音が私を呼ぶ。

(るさいなぁ、窓叩くの誰よ…。ここ3階なのに…、)

頭を過った自分の言葉に答えるように、もう一度コツコツと音が聞こえて。
寝ぼけて働かない頭がさっきと同じことを考えたら、直後に急激にサーッと冷えた。

(ってそうよ、ここ3階なんだけど?!)

覚めるはずのない眠気が一気にぶっ飛ぶ。
カッと開いた目を恐る恐る音のする方に向けてみれば…、真横の窓の外にある謎のシルエット。
その正体と目が合った瞬間、窓をつつくのをやめたヤツがニッと笑ったように片翼を広げる。
よっ、なんて軽い挨拶が聞こえそうだ。

『ぶっ?!』

ゴンッ

思わず出た声と共に頬を支えてた腕がバランスを崩し、すべり落ちた私のおでこと机が大きな音を立てた。

「鈴木ー。お前さすがにその寝方はないわー。」
『いや先生、ちがくて、外に…!』

音に反応した先生の呆れた声に慌てて立ち上がり、窓の外を指さしてみるが、そこには既に何の影もなくて。

「"外に"、何だ?」
『いや、えと…。アレ?』
「…寝ぼけるくらい熟睡か。−鈴木、後でペナルティな。終わったらコレ、資料室へ運んどけー。」
『ぐっ。』

こちらに顔だけ振り向きながらクスクスと笑うクラスメイト達の視線を浴びつつ、私はしぶしぶと返事をして席につく。
目の前に座る本日の日直が「ラッキ。ありがと跳子」なんて小声で言ってくるから、私はその椅子を小さく蹴った。
本来資料運びは日直の仕事だ。

もう眠気なんてすっかり消えていて、ため息をつきながらもう一度窓の方に視線を向ける。

−実際見たことはないけど、あれはかの有名な"ミミズク"ってヤツじゃなかっただろうか。
そしてすっごくありえないことだとは思うんだけど…髪型といいあの笑顔をいい、どことなく今私が付き合ってる"ヤツ"の顔が浮かんでしまって。

…うん、やっぱりありえない。
しかしありえないという思えば思うほど、反比例してものすっごく嫌な予感が胸を占める。
つまりそれはただ必死にそう思い込もうとしているんだと、心のどこかは冷静にそう告げていた。


授業終了のチャイムと共に立ち上がった私は、教卓に立つ先生に「すみませんでした」と頭をさげた。
笑いながら私の頭をぐしゃりと混ぜた先生が、何冊かの本を私の乱れた頭にポンと乗せる。

「ま、午後一は仕方ないのもわかるけどな。一番重いのはいいから、これだけ資料室に頼むわ。」
『はーい。深い恩情に感謝します。』

私は冗談ぽく言って片手に納まる本を手にし、反対側の手で髪を整えながら教室を出る。
1階の資料室に本を放り込むように置いた私は、覚悟を決めてそのまま中庭の方に向かった。

(まさかとは思うけど…。)


頭でいくら否定しようとも、あの日の不思議体験は忘れようもない。
木兎が猫になっていたあの日だ。
そしてついでに言うなら、私が木兎の彼女になった日、でもある。

私とのキスで猫から元に戻るという目を疑うような画を見せつけた上に、続いて木兎が口にした言葉は私にさらなる衝撃を与えた。

そんな木兎のセリフは、悔しいけど鮮明に覚えている。
甘い言葉も苦い言葉もムカツク言葉も全部全部。

その中の一つが今私をここに向かわせているのだ。

−"あれだな、次はミミズクとかになれねーかな"−

わかってる。馬鹿げてることだって。
でも木兎はどこかそんなバカも現実にしてしまいそうな力を持っている気がしちゃうのだ。
…もしやこれも惚れた欲目ってやつなんだろうか。


そして私は、あの日猫になった木兎が落ちてきた木の下でピタリを足を止めた。

ゆっくりと空を見上げてみれば、すぐに太陽の中から翼を広げたあの大きなシルエットが見えてきて。
そして何も迷うことなく真っ直ぐにこちらに向かってきたそれは、目の前で機嫌よさそうに一度旋回してから私の肩に舞い降りた。

『…木兎。』

そう呼び掛ければ、笑うように嘴でピルルっと口笛のような音を発したミミズクがスリスリと私に頬ずりしてくる。
呆れているというのを思いきり声に込めたというのに、この男には全く通じてないらしい。

黙って見つめていたら次には肩からバサッと降り、羽根をばたつかせながら興奮している気持ちを伝えようとしてくる。
嘴の奥からは「にゃー」という猫のような声が漏れた。
ミミズクってこんな猫みたいに鳴くんだと初めて知って、つい口元が緩みそうになる。

−あぁもう、確信しちゃうくらい木兎だ。
私の大好きな木兎だ。

口角があがりはじめた口を手で隠すように押さえると、視線の合ったミミズク木兎がキョトンと止まる。
木兎とおんなじ目がキョロリと動いてから、スッと細くなった。
たまにする、強気にニヤリと笑った時のような目。

(あ。これは、)

私が押さえた口元を見て、"キスして戻れば話せる"と気づいたんだろう。
そう私が思ったのも束の間、翼を羽ばたかせて再び肩に止まった木兎が啄むように口を寄せてきた。

(−でも。)

そのまま私は手を退けず、がっちりと唇をガードする。
木兎が目を見開いて、驚いた表情を見せた。

『木兎くぅん。…そう簡単に戻れると思わないでよね。』

そうだ。そう簡単に許してたまるか。
私は教室で恥もかいたのだ。

にっこりと満面の笑みを浮かべてやったというのに、反してサーッと顔色をかえたミミズクくん。
こんな木兎の顔も結構好きだなんて、我ながら性格の悪いこと。

それにしても青ざめたミミズクなんて初めて見る。
って、そもそもミミズク自体初めて見るから当たり前なんだけど。

どんだけ恐怖を感じたのか、へなへなと地に伏した木兎を見下ろし、フンッと鼻を鳴らして私はその場を離れた。

(…部活の前に、また来るけど。ちょっとは反省してもらわないと。)

どういう原理かは全くわからないが、あまり深く考えずにほいほい動物になられても困るのだ。
前回は戻れたからいいものの、万が一戻れなくなったらとか考えないのか。
…いや、言うまでもなく考えてないんだろうけど。

私とキスしても戻らなかったら…と思うと、色んな意味で私は怖いのに。

−木兎の姿が見えなくなった途端に、急にネガティブな考えが浮かんできて私は小さくふるりと震えた。
無敵な彼と一緒にいる時はつられてかなり楽天的になれちゃうのに。


スタスタと歩き続けて中庭を抜けると、ちらほらと生徒たちの姿が目に入った。
木陰から明るいところに出たせいでちょっと眩しい。
日差しを遮るように目を細めていると、そのうちの一人が私の方を指差して驚いた表情を浮かべているのが見えた。

『…?』

意味がわからずに首を小さく傾げた私の背後から、パタパタという羽音がついてきた。

(っ、まさか、)

バッと降り向けば、案の定泣きそうな木兎の顔をしたミミズクが私に向かって飛んできて。

まさかこんな皆がいるところまで、この姿で追ってくるとは思っていなかった私は、思わず目を見張って固まってしまう。
対する木兎は、その必死な形相とは裏腹に、ふわりと優しく私の肩に降り立つ。

『ちょ、木…、』

つい名前を言いかけて口をつぐんだ私に、肩口から申し訳なさそうな目線を向けてくる。
しかし肩を掴む足は、まるで離さないと言わんばかりにググッと食い込んでいた。


「ちょっとあれ、フクロウ?ミミズク?」
「ハリー・○ッターに出てくるヤツじゃ…?」
「いつからここはホグ○ーツ魔法学校になったんだよ。っつかもしや飼ってんの?」
「鈴木って、何者…?」

そんな私たちを遠巻きに囲んでいる周囲の生徒たちのざわめく声が聞こえ、私はハッと我に返る。
予想外に目立ってしまった。

木兎をバッと隠すように抱え、私はひきつり笑いを浮かべながらそそくさとその場から逃げ去る。
別に追いかけられるわけじゃなかったけど、バレー部の部室の方まで足を止めずに全力で走った。


『っぜはー!』

部室に駆け込んで足を止めたら、一気に色んなものがふきだした。
心臓がバクバクと忙しなく働く。
力が抜けた腕から木兎がパタパタと降りて、心配そうに私を見上げてくるけど、ちょっとまだ余裕なくて応えてあげられない。

ズルズルと地べたに座り込んで、意識的に呼吸を整えるように吸って吐いてを繰り返す。
ようやく心臓もトクトクと落ち着きを取り戻せば、木兎が私の膝の上に飛び乗ってきた。

顔を覗き込むように恐る恐るゆっくりと近付いてくる木兎を、今度は避けなかった。
目を瞑るといつものキスとは違う感触が唇に触れて。

「…跳子?」
『……木兎。』

…次に目を開けた時に目の前にいたのはやっぱり木兎で、嬉しいような呆れるような複雑な気分。

「跳子ーっ!!俺が悪かったぁっ!」
『わっ!』

はぁと小さくついたため息は、涙目の木兎にガバッと抱き締められてその胸にかき消された。
心地いいけどちょっと苦しくて、私はモゾモゾと空気を求めて顔を動かす。

「俺、跳子に嫌われたかと思って焦っちまって…!」
『嫌われる?何でよ。』
「だってあんな口押さえてまで嫌がるとか!」

どうやら冗談半分だった私の行動は、思ったよりも彼に衝撃を与えたらしい。
そんなんで嫌いになるわけなんてないけど、でも戻れないかもと思えば木兎だってさすがにこうして焦るんだな。

『…ま、確かにそしたら戻れなくなるかもしれないしね。』
「…ん??」
『これに懲りたら−…って、え?』

木兎の腕の中から見上げた顔があきらかにキョトンとしていて、私は諭す言葉を詰まらせる。
「んー…?」っと首を左右に傾げた後、「あぁ!」と木兎がポンと手を叩いた。

「そっか。それは全然考えなかったぜ。」
『えぇ?!』

普通に考えたら、まず「戻れないかも」って不安に思うもんじゃないだろうか。

そんな私の考えを否定するように、視線を合わせたままの木兎がさも当然のように言い放つ。

「一番に考えたのは跳子に嫌われたかもってことと、次にはバレーできなくなったら嫌だなって思ったな。」
『…!』
「だって俺は跳子のこと好きなんだから、キスすりゃ戻れるのは変わらねーし。…あっ、でもお前に嫌われたらキスも出来ないから確かにそのままか!そりゃ困る!」

そう自分でたどり着いた結論に、急にあたふたと慌て始めた木兎が「跳子ー!ありがとな!」とまたぎゅっと腕に力を込める。

違うそうじゃない。
そういうこと、じゃなくて。
そんな、"私が木兎を嫌う"なんて、人が動物になるよりありえない話をしてるんじゃないの。

『…私、は。』
「ん?」
『私は木兎が戻れなくなったら、嫌だよ。』

木兎の腕に締め付けられ、息苦しくて顔が熱い。
顔が見れないから、なんだか変なことを口走ってしまいそうだ。

『もし私とキスして戻らなかったら、木兎がもう私のこと好きじゃないってことだもん。』
「…へ?いや、でもそれはねーし…、」
『それにもし戻る条件が変わっちゃって、他の子とキスしないと戻れないとかになったらどうするの?』
「!」
『…木兎が戻れなくなるのも、私が戻してあげられなくなるのも、どっちも怖いよ。』

絞り出すように伝えてしまった私の本音を聞いて、さすがの木兎も言葉をなくしたのか。
「うーん…」と一人で小さく唸った後、その大きい手で私の頭をわしわしと撫でた。


「ごめんな跳子。不安にさせたな。」
『…。』
「もう、他のもんになりてーなんて言わねーから!」
『…ほんとに?』

確かめるようにゆっくりと木兎の方を見上げてみれば、「おぅ!」と大きな声で返事をしながらニッと笑った。

つられるように笑った私を見て、木兎の顔がだんだんと近づいてくる。
先程とは違う温かい唇にホッと安心する。
目を閉じて甘いキスを交わしながら、私はやっぱりこの木兎じゃなきゃ困るんだななんて思った。


「−それにやっぱこっちのがチューした時に気持ちいいしな!」
『っ、バカ木兎!』


まる様、リクエストありがとうございました!


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