長編、企画 | ナノ

相変わらずな烏たち


※白黒未来編の続編のため、澤村さんと夢主の間には双子の姉弟が(海と空)、そして同級生に菅原さんの子(健支)がいる設定になっています。



小学校までの道すがら、快晴の空を見上げた跳子の祖父が感慨深そうに呟いた。

「昔は決行の合図に花火があがったもんだけどなぁ。」
「あぁ、"雷"ですね。そういえばいつの間にか聞かなくなりましたね。」

その隣に並んで歩いていた跳子の祖母がそう返すのを見て、後ろにいた澤村は、"そういえば小さい頃、運動会の朝にはポンッポンッという軽快な音が聞こえた覚えがあるな"と一人首を傾げた。
跳子も隣で、「へぇ」と驚いたような声を出す。

『アレって、決行の合図だったんですね。』
「俺も初めて知ったな。」

跳子が澤村の方を見上げて笑いかけるのを見て、澤村は正直にそう返す。
あれでワクワクする気持ちが高まった記憶はあったが、何で鳴っているのかまでは考えたことはなかった。
今では中止の時にはメールで一斉に連絡が来たりするのだから、便利になったものだ。
しかしその便利さがなんだか少し寂しいと感じるのも仕方ないんだろうなぁと、澤村は小さく苦笑を漏らした。


今日は、二人の子供たちが通う小学校の運動会だ。
学校に到着すると、すでに校庭全体がお祭りのような雰囲気を漂わせている。
スピーカーからは定番のクラシック曲が流れ、曲名すら知らないそれに、否応なしに気分を高められていくようだ。

保護者用の観覧席に向かっていくと、その中から「おーい!大地!」と聞き慣れた声が聞こえた。
澤村が振り向いてみれば、菅原が立ち上がって手を振っている。

「スガ。」
『スガ先輩!おはようございます。早いですね!』
「はよッス。うんにゃ、うちも今来たばっかだよ。」

相変わらず爽やかな笑顔を浮かべた後、こっそりと
「場所取り戦争は、今年もスゴかったみたいだべ」と耳打ちするように小声で言ってから、先頭の方に座ってグッタリしているお父さんたちの方に、チラリと視線を送る。
澤村と跳子も、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

『スガ先輩。お隣空いてるみたいですけど、いいですか?』
「もちろん!」

互いに挨拶をすませて、澤村一家もそこに座る。
澤村の両親と跳子の両親、さらに跳子の祖父母もいるのでなかなかの大所帯だ。
和気あいあいとした雰囲気で話していると、また別の方から澤村の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「あっいた!大地さーん!!」
「うおーい!!」
「?!田中に、西谷!?何しに来たんだ!?」
『わっ、本当だ。それに…、旭さんと月島くんまで!』

まさかの声に振り向いてみると、何故か小学校の運動会にまだ縁のないハズの4人が立っていて。
「おーい!」と威勢のいい声をあげる田中と西谷の後ろには、肩身狭そうにしている東峰と超不機嫌そうな月島の姿まである。
驚いた澤村と跳子が、混雑してきた人たちをかき分けてそちらに向かう。

「お前ら、何しているんだ!?」
「海と空と健支の運動会って聞いたんで、駆けつけました!」
「そうッスよ!こんな一大イベント、来ないわけにはいかないッス!」
「いや、気持ちはありがたいが、お前たちには全然まったく、これっぽっちも関係ないだろ…。」

頭が痛い、とでも言うように澤村が額を押さえるのを見て、東峰が慌てて声をかける。

「あの、一応俺は止めたんだよ!?それなりに!でも、いつの間にやら何でかこんなことに…。」
『旭さん…大変でしたね。えと、月島くんは、』
「…僕が望んで来ると思う?」
『…ですよね。』

確実に騙されたか巻き込まれたであろう月島が、跳子の言葉に冷たい視線を向けた。

「というわけで、僕は帰りま、」
「まぁ待てって、月島。」
「そうだぜ。ここまで来たんだから、いっちょ一暴れしてから帰ろうぜ!」
「というか月島、帰るなら全員連れていってくれ…!」

背中を向けた月島の肩と腕を、田中と西谷と澤村が3方向からガシッと掴む。
何で自分に拘るのかわからずに月島が眉間に皺を寄せたままチラリと後ろに視線を向けると、澤村たちを追いかけてきた様子の菅原の姿が見えた。

「うわっ!お前ら、わざわざ観に来たのかよ?!」
「チッス!スガさん!来ちゃいました!」
「先輩らの子供は俺らの子供も同じッスから!」
「いや、絶対違うよね!?」

菅原に向けて当然のようにそう言い切った田中を見て、東峰が思わずツッコむ。
そのままわーわーとやり合っていたが、やがて勝負ごとに燃えている二人を止めることは不可能だと悟った菅原が、ふぅと大きく息をついた。

「…まぁもういいんじゃね?うちと大地んとこ結構場所広いし、4人くらい何とかなんべ。」
「…仕方ない。お前ら、そんかし周りに迷惑かけんなよ?!」
「「ウィッス!」」
「なんか、ごめんね。」
「ひげちょこにはもう何も期待しない。」
「大地、ひどっ!」
『月島くんもこうなったら諦めた方がいいんじゃない?』
「…チッ。」

はぁーと澤村と月島の深いため息が見事にシンクロしたのと同時に、とうとう運動会開始のアナウンスが流れ、全員で慌てて観覧席まで戻っていった。

入場行進に合わせて手足を大きく動かす子供たちが、学年ごとに続々と校庭に並び始めた。
その中に、澤村家の双子である海と空、それに菅原家の健支が並んで歩いている姿を見つけ、「あっ、来た!」と跳子が嬉しそうに小さく手を振る。
興奮した田中と西谷が立ち上がろうとするのを止めながら、澤村も穏やかな微笑を浮かべる。

一方、保護者席の前を通過していく子供たちの方からも、その姿は確認できたようで。

「うわ。なんか俺らんとこ人がいっぱいいるんだけど。」
「本当だ!あっ、蛍くんまでいるっ!」
「…普通、こういうのって保護者だけじゃないの?多すぎ…。」

一人喜ぶ海の横で、空と健支が小さくため息をついた。


午前中は、徒競走や玉入れなどの競技プログラムが続く。

玉入れでは、皆が籠の足元近くの玉を拾って必死に真上に投げる中、距離をあけたところにある玉を狙って健支が拾う。

「行くぞ、空!」

コクリと頷いた空に健支がトスを送ると、それを空が打つ。
玉が器用に籠にポスンと吸い込まれた。
遠い場所から次々に玉を送り込んでいく二人に、観客席からは「おぉー」っと感心の声と拍手があがる。
その甲斐もあってか、見事玉入れは勝利をおさめた。


「おぉ、二人とも帰ってきたな!よくやった!」
「おかえりー!ナイス勝利!」

二人が保護者席に戻ると、澤村と菅原がニッと笑って手をかざしていた。
それにパンッとハイタッチを決めれば、その大きな手がガシガシと少し乱暴に息子の頭を撫でた。
父親に褒められて、嬉しそうに頬を赤らめる二人に、田中や東峰、西谷も口々に称賛の声をかける。

「お前ら、うまくなったなぁ。」
「うん、本当にすごいよ二人とも!観てる人たち皆喜んでたよー!」
「あれ、マジでどーやんだ?!」
「だってすっげー二人で練習したもん!な、空!」
「うん。玉も籠も小さいから結構大変だった。」
「だよなぁ!?」

ニシシっと健支がまんざらでもなさそうに笑い、それを見た空も小さく微笑んだ。

「…でもアレ、二人ともサーブにすればもっと入ったんじゃないですか?」
『つ、月島くんっ?!』
「「…あ。」」

しかしそんは月島の言葉で全員ピタリと動きを止めてしまった。
どうやらそこには気づかなかったらしい。

「おっ、俺はセッターだし!」

そう言いだした健支を見て、菅原が「ま、それはまた来年だなぁ」とまた大きく笑った。


借り物競争が始まると、また一層皆の応援の声が大きくなった。
次の走者として海がスタート地点についたのが見え、跳子が「海ー!がんばれー!」と大声で手を振ると、それが聞こえたのか少しはにかんだ様子で小さく手元だけでヒラヒラと返してきた。

『うーん、緊張してるかも?大丈夫かなぁ…。』
「まぁ大丈夫だろ。アイツもなんだかんだ負けず嫌いだしな。」
『確かに…。血は争えませんねぇ、大地さん。』
「お?負けず嫌いは俺だけじゃないだろ?跳子の血でもあるんじゃないか?」
『そりゃ負けるのは誰だって嫌じゃないですか!』

さも当然のように言い放った跳子に、澤村が思わずハハッと声に出して笑った。
「もう!」と跳子が言い返しかけた時、パーンと鳴ったスタート音を合図に、二人とも自分たちの娘に注目する。

「お、3番手で借り物ゾーンか。」
『借り物次第ではいけそうですね!海、ファイトー!』

海がピラリと紙を確認した途端、バッと勢いよく保護者席に顔を向けた。
そのまま皆が集まる方に向かいながら、「蛍くん!来て!早く早く!」と大きな声で呼びかける。

「…僕?」
「ちょっと待て!月島!俺も行く!」
「えー?何でパパまで…」

ノソノソと立ち上がる月島と一緒に、澤村も一緒に娘の元へ向かえば、まさかのブーイング。
不服そうに口を尖らせる愛娘の姿にショックを受けながら、澤村が「何て書いてあるんだ」と紙を見る。

【あこがれの人】

−思わず澤村の手が、ぐしゃりを紙を握りしめた。

「っ、何を考えてるんだ、この学校は…!」
「えー?このくらい普通だよ。じゃないと面白くないもん。って早く行かないと抜かれちゃう!」
「…これ、僕でいいの?」
「いや、よくない!よくないぞ月島!」
「もうパパうるさい!仕方ないなぁー。」

海はそう言って、澤村と月島の間に入って二人と手を繋ぐ。

「パパも該当するから、三人で一緒に行こ。」

ニッコリと笑った海の姿に跳子の姿がダブって見え、二人は思わず息を飲んだ。
そのまま海に先導されるように3人で走ってトラックへ戻っていく。

「…主将。この血、末恐ろしいんですけど。」
「…偶然だな月島。俺もそう思ってたところだ。」

なんだかんだ言いながら、微笑ましい姿で海が1着でゴールテープを切った。


皆でたくさん作ってきてたお弁当をペロリと平らげれば、プログラムはあっという間に午後の部になる。

午後には保護者や教師が参加する競技や、学年ごとのダンスなどが披露され、観ている人達をワッと沸かせる。

毎年保護者参加の競技は、綱引きとリレーがあると聞いていたが、手元のパンフレットによると今年は「地獄のレシーブ」とかいう競技がさらに追加されていた。
それを片手に、澤村が跳子に声をかける。

「跳子、これ何か知ってるか?」
『うーん。私も謎なんですよね。保護者会でも、運動会の担当ではないからなぁー。』
「それは俺のサーブを捕れたら得点が加算されるサービス競技だ。」
「へぇ。牛島のサーブをなんて、サービスにもならないような気が…、」

聞こえてきた声に無意識に返事をした後、ハッとした二人が振り向けば、そこには腕組みをした牛島若利その人の姿が。

「って、牛島?!」
『若くん!?』
「な、なんで牛島がここに…!」
「いや。俺は呼ばれてきただけだが。」

慌てている二人に、牛島はたんたんとしたいつもの表情で返す。
どうやら日本代表として活躍する地元のスター選手として、学校側がオファーしたらしい。

『でも若くん、今忙しいんじゃないの?』
「スケジュールはちゃんと管理しているから問題ない。それに、俺も久しぶりに海と空に会いたかったしな。」
「「若くんだ!」」

タイミングよく、牛島に気付いた海と空がバタバタと駆け寄ってきた。
フッとかもし出す空気を和らげた牛島が、その手で二人を軽々と抱き上げた。

「空。先ほどの玉入れ、見ていた。随分とコントロールがうまくなったな。」
「…ありがとう。」
「海も一番だったな。俺も一緒に走りたかった。」
「来年は若くんを選んであげるね!」

喜ぶ子供たちの姿に、澤村が小さく苦笑を浮かべる。

「…なんか父親としちゃー複雑だな。」
『二人とも、若くん好きですしね。でも一番は大地さんですから大丈夫ですよ。』
「…それは二人だけか?」
『うっ…!』

赤くなった跳子が下を向いた時、牛島がもう一度澤村の方へ声をかけた。

「澤村。俺の競技、もちろん参加するだろう?」
「うん?まぁそうだな。久しぶりだしな。」
「うむ。ちなみに時間の関係もあり、二人一組で俺と対戦になるが跳子と出るか?」
『えぇっ?!うーん…。若くん、それって参加資格は保護者のみ?』
「いや、関係者なら大丈夫だと聞いているが。」

牛島の言葉に、澤村と跳子が顔を見合わせてニヤリと笑う。

「…ならもう一人は決まりだな。」
『ですね。』

不思議そうな表情を浮かべる牛島に、「まぁお手柔らかに頼むな」と澤村がニヤニヤと手を振った。



「−っうおぉっしゃー!!」
「む。」
「ナイス!西谷!」

澤村があげた手に、西谷がパシンと手を合わせた。
サーブをあげればとりあえずクリアなだけに、最強の二人だ。

「って牛島!さっきまでとサーブの威力が違いすぎだろう!」
「当然だ。」
「おーし!次もこっち来いやぁ!」

それまでの他の保護者相手にはさすがに加減をしていたが、それでも牛島のサーブを捕れる人はいなかった。
そこにきて、3本連続でレシーブする二人に、観客席がワッとわく。

澤村も口ではそんな風に文句を言いながらも、牛島の本気のサーブが少し嬉しかった。
仙台体育館で全国出場を賭けて争ったあの日。
公式戦で白鳥沢と闘ったのはあれが最後だった自分にとって、まだ熱いあの日が続いているように錯覚する。

「っしゃ西谷、もう一本捕るぞ!」
「うっす!」
「次は俺に来い、牛島!」

向かい合う牛島も、フッと笑った気がした。



全ての競技が終わり閉会式も終わると、勝ったチームも負けてしまったチームも、勝敗に関係なく皆笑顔で帰っていく。
澤村がふと振り返った校庭には、先程までの喧騒がまだところどころ残ってるようで、でもそんな余韻が逆にどこかもの寂しさを感じさせた。

『大地さん?どうしました?』
「あぁ、悪い。何でもない。」
『…なんか、終わったなぁーって感じですね。』
「ハハッ。バレバレか。」

何となく二人で並んで、同じ方向を見つめる。
昔の自分たちと、大人になった仲間と、あっという間に成長する子供たちと、増えていく家族。
変わっていくもの、変わらないもの、そういうものが次々と過っていき、胸を少し締め付けていく。

「…跳子と一緒でよかった。」
『えっ、』

ふと呟いた澤村の急な言葉に驚いて跳子が隣を見上げると、夕日に照らされた目が優しく自分を見つめていて。
視線をそらせないまま見つめあっていると、あの頃と変わらずドキドキと高鳴る心臓を持て余してしまう。

『大地さ、』
「何やってんすかー!大地さーん!鈴木ー!」

堪えきれずに跳子が口を開くが、それと同時に背後から響いてきた田中の大きな声がそれを遮った。

「パパママー。皆で打ち上げ?っていうのやるってー!」
「早く行くべー。」
「…じゃあ僕はこれで。」
「蛍くん、帰っちゃうの…?」
「……。」
「…月島も、海ちゃんには勝てないんだね。」
「牛島も行くだろ?」
「む。…そうだな、時間は問題ない。」
「じゃあ日向や影山たちにも声かけてみっか!」

ギャーギャーと勝手気ままに話す烏たちの会話に、澤村がはぁーっと大きなため息をつく。

「ったく、相変わらず騒がしいな。」
『なんか久しぶりなのに全然そんな感じしないです。』
「仕方がない。行くか、跳子。」
『はい!』

言葉とは裏腹に、どこか優しげに微笑む表情はあの頃の主将のままで。
そんな澤村に差し出された手を、迷わず握り返した跳子も変わらない笑顔を浮かべて走り出した。


zui様、リクエストありがとうございました!


|

Topへ