長編、企画 | ナノ

12:00 a.m.



つきあっていなくて、部活もクラスも違って、話したことも数える程度。
連絡先だけは友人からこっそり入手しちゃったけど、もちろん利用したことはない。
遠目に見つめるだけ…というほどしおらしくはないから、結構近くからガン見しちゃう。
でもたまにこちらを向きそうな時には直前で逸らしちゃうから、あまりあの切れ長の目を正面から見ることはできなくて。

それが私の好きな人。
男子バレーボール部の川西太一くんだ。


そんな私に突然訪れたチャンスタイムが、今度皆で行く修学旅行だ。
というのも、私の友達が最近付き合い出した相手が川西くんとよく一緒にいる人で。
もちろん別に私のために付き合いだしたわけじゃなくて、前から互いに並んでいる二人にキャーキャー言っていたお相手なのだが、おつきあいが決まった彼女が随分とゲスい顔で、「…コレは使える」と笑ったのが忘れられない。
あの顔は、友達ながらなかなか怖かったのだ。

でも確かにそのおかげで、なんと修学旅行の2日目の自由行動を、4人で行動できることになったんだからスゴイ。
しかもその話をするという名目のため、お昼をみんな一緒に食べるようになって。
友達同士が付き合っているから、自然と私は川西くんの隣か向かいになる。
あまりの近さに、うまく話せるかとかいちいち意識して変な返しになっちゃうこともしばしばあったけど、それでも川西くんは小さく笑ってくれるから私の心は幸せを噛みしめてきゅんきゅんしっぱなしだった。


あっと言う間に修学旅行当日。
初日はクラス行動で色々なところを巡り、クラスメイトとバカなことをやらかしたりしてもちろん楽しかった。
でもふと合間に翌日の自由行動のことを思って一人でニヤけ、それを写真に撮られてしまったり。
−要は浮かれまくりで心ここにあらず状態の一日目だった。


宿泊するホテルにチェックインし、友達との二人部屋に入った途端キレイに整えられたふかふかのベッドに倒れ込む。
「私もそっちがよかったのに!」なんて怒られたけど、もう飛び込んでしまったから手遅れだ。

美味しいご飯を食べて、大きなお風呂にも入って、就寝時間までのわずかな自由時間。
これぞ修学旅行の醍醐味といった感じで、好きな人の部屋に行こうとする子たちで何となく空気がそわそわしている気がする。

彼氏持ちの友達はもちろん、いそいそと彼の部屋に遊びに行った。
部屋を出る前に、彼の相部屋の川西くんはどうやらバレー部の誰かの部屋に行ってしまったらしかったけどそれでも一緒にどうかと誘ってくれたが、私は断った。
別に川西くんがいないなら意味ないとかじゃなくて、明日ただでさえ自由行動で二人のお邪魔してしまうのだから、どうせなら今は二人っきりでゆっくりしてもらおうと思ったからだ。

その後別の友達の部屋で遊んでいたけど、初日からあまりにはしゃぎすぎると明日もたなそうなので、私は少し早めに部屋に戻ることにした。
途中飲み物だけ購入しようと自販機を探してウロウロしていたら、ある部屋の前で困ったように立ち尽くす背中を見つけて一人ドキリとする。
あれは…川西くんだ。

このまま進めば彼の後ろを通ることになる。
話しかけてもいいかどうか迷いながら歩を進めていると、川西くんの方が私に気づいてくれた。

「−鈴木さん。ウッス。」
『こんばんは、川西くん。あの、どうかしたの?』
「あー…締め出されたっぽい?」
『えぇ?!』

苦笑いの川西くんが、私の目の前でオートロックのドアをガチャガチャと動かしてみせた。
しかし確かにその取っ手はほとんど稼働せず、ガツッと上下ともブロックされている感じだ。

「あいつ、どっか行くなら連絡しろよなー…。カードキー一枚っきゃねーのに。」
『フロントに預けてたり…はないよね。』
「…ねーな。この時間だし。修学旅行生が外出ようとすりゃ怒られるだろ。」
『連絡とれないの?』
「一応メッセージ送ったけど、既読にもなんねーんだよなぁ。」

今一度手に持っていたスマホを確認するが、川西くんの表情は変わらないから状況にも変化はないんだろう。
困りきった様子で頭をポリポリと掻く川西くんを見て、私はハッとした。

(もしかして、これは私の友達の作戦なのかも−…?)

川西くんの部屋の鍵を持つ彼と一緒にいるのは、確実に私の友達のはず。
そう思って私も携帯を出してメッセージを確認してみるが、特に連絡は何も入っていなくて。
それでもこの状況は、友達が私に頑張れって言っている気がしてならなかった。

『あのっ、川西くん。』
「ん?」
『このまま廊下にいてももうすぐ先生の見回りで怒られちゃうだろうし…、私たちの部屋で待ってみれば?』

言った…、言ってやった!
自然と誘えただろうか。どもってもないし、理由だって真っ当のハズ。
川西くんはちょっと息を飲んで驚いたような表情を見せたが、「んー…」と少し考えてから申し訳なさそうに眉根をさげた。

「いいのか?…正直、助かる。実は携帯の充電もあやしくてさ。」
『あ、じゃあ機種一緒だし、充電器もあるよ。』
「サンキュな。」

どうしよう、ニヤけてないかな。「困ったときはお互い様だよ」なんて冗談っぽく返しながら、口角がついあがってしまう。
そのまま特に誰にも見つかることのないまま、二人で上の階にある私の部屋までやってきた。

川西くんと、二人きりだ。
自分で言い出したことだけど、巡り巡ってきたチャンスはすごすぎて。
というかハードルが高すぎて無理めなんですけど。
でもいくらなんでも消灯時間までには帰ってくるだろうから、それまでに少しでも川西くんのことが知りたい。

ダラダラと変な汗をかいてしまいそうになりながら、私は携帯の充電器を出して手渡す。
あまり広くはない部屋で、二つのベッドに腰掛けて向かい合って色々な話をした。
一番たくさん聞けたのは楽しそうな部活の話。無知な私にいちいち教えてくれるバレーのルール。初めて見る表情。
もちろん緊張はしっぱなしだけど、楽しくて、嬉しくて。時間はあっという間に過ぎていった。

でも時計の長針がぐるりと一周を回った頃には、さすがに私達の口数は少なくなっていて。
すぐに連絡がくると思って川西くんを部屋に誘ったはずが、いつまでだっても彼からも彼女からも連絡はなく、さらに言えば戻ってもこない。
先生の見回り点呼の時には、川西くんがバスルームに隠れてシャワーの音をさせて乗り切ったが、消灯時間もとっくに過ぎ、もはやもうすぐ日が変わってしまうくらいの時間になってきた。
それが物語る状況に私達は互いに何となく気づいていたけど、もちろんどちらからも言い出せない。
すっかり充電満タンになった携帯を触っていた川西くんが、ふぅと息をついてそれを横に置いた。

「あー…、えっと。鈴木さん。」
『はっ、ハイ!』
「なんか、悪い。こんな状況になって。」
『いや、全然!というか川西くん悪くないし!」
「…その…、俺さ、」

川西くんが続いて何かを言いかけた時、私の携帯からピロンとLINEの受信音が鳴った。
あまり大きな音じゃないのに、心臓が飛び出そうなほどビックリして慌てて携帯を手にとる。

【ほんとごめん!彼と話しながら二人ともマジ寝しちゃってた!今からこっそり戻ろうと思うんだけど、起きてる?】

(ね、寝てたって…!全然彼女が狙った作戦じゃなかったんだ…!)

勝手に状況を勘違いしただけに何も責めることはできず、ただ川西くんが困っていることと起きてることだけを急いで返信する。
それを送るのとほぼ同時に、川西くんの方からも受信音が聞こえた。

「アイツ…!」
『あ、やっぱり彼から?私にも友達から連絡きたよ。寝ちゃってたって。』
「あ、あぁ。まぁそんな感じ。」

何故か少し焦っているように見えた川西くんが、さっと慣れた手つきで画面を操作しはじめた。
きっと返信をしているんだろうと思いながら、視線の合わないのをいいことにじっと見つめる。
もしあのまま連絡が来なかったとして、でも一晩一緒にいるのなんてさすがに無理!…とか思っていたのに、いざ彼が戻っていくとなると寂しいなんて。
一日で随分贅沢者になってしまった。それとも、こんなのはもう二度とないからだろうか。

「悪い。ほんと助かったよ。ありがとう鈴木さん。」
『あ、べ、別に私は何も…。川西くん、大変、だったね。』

川西くんがそう言いながらスッとベッドから立ち上がったから、私もそれに合わせて立ち上がる。
絶対に口には出来ない我儘を飲み込んだからか、ちょっと声が詰まってしまった。

『…?』

でも、川西くんはそのままそこから動こうとはしなくって。

「あの、さ。…明日、お礼に何か奢るよ。」
『えっ。そんな悪いよ!』
「あー、つか。むしろ奢らせて。」

苦笑いを浮かべて「頼む」と頬を掻く川西くんに見つめられ、私はついそのまま了承の返事をしてしまった。

「…じゃあ、明日二人で出掛けませんか?」
『っ!』

さらに信じられないお誘いに、私は驚きで息を止めながらも必死に首を縦に動かす。
それを見た彼の顔が少し嬉しそうに見えるのは、私が嬉しいからかもしれない。

「うし。んじゃ連絡先とか…って、ごめん。ついでに白状すると実は鈴木さんの連絡先、アイツに聞いて知っちゃってるんだけど…。」
『え…、』
「連絡、してもいいスか?」
『も、もちろん!というかその、ごめんなさい!実は私も、なの。』
「は?」
『川西くんの連絡先、登録だけしちゃってあるの…です。』

なんという偶然。
びっくりして思わず自分もと白状した私の言葉に、川西くんの口があんぐりと開いている。

「…マジ?なら言ってくれりゃよかったのに。」
『いや、それはお互い様なんですけど…。』
「っつか何で急に敬語?」
『…それもお互い様って言うか…。川西くんだってさっきからちょっと敬語混じってたよ。』
「え、マジか。なんかハズいな。」

川西くんが本当にちょっと気恥ずかしそうな表情になるから、私たちは同時にふき出すように笑ってしまった。

『気づいてなかったの、川西くん。』
「全く無意識だったわ。ハハッ!何か俺たち、ちょっと似てるかもな。」

−どうせだったら気持ちも同じだったらいいのに。
そんな言えない思いを抱えながら浮かんだ涙をぬぐうと、部屋のチャイムが鳴った。
友達が帰ってきたんだろう。

「じゃあまた明日、…っつかもう今日になるかな。」
『わっ、ほんとだ。それならまた後で、かな?』

満面の笑顔で頷いて、ドア口まで進み始めた彼の後ろを歩く。
ドアを開けようとした時、川西くんがこちらを振り向いて、ふいに腰を屈めた。

「おやすみ。…明日すげー楽しみにしてっから。」

ドア口の外にいるであろう友達に聞かれたくないからか、そっと耳打ちするように彼が言った。

触れてはいないのに、言葉と同時に少し濡れたような吐息を感じて。
あまりの近さにボッと一気に耳が熱くなったのが、川西くんにはバレなかっただろうか。

熱の灯った私の耳に次に届いたのは、部屋の時計が0時になったことを知らせるピピッと言う小さなアラーム音。

昨日が終わって今日が始まる24:00
私たちの新しい一日も始まったばかりだ。

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(オマケ)

ガチャリ

「おー、おかえり川西ー。」
「おっまえ…、変なメッセージ送んじゃねーよ!もし見られたらどうすんだ!」
「えー?別に鈴木さんに見られたら、そのままお前が告白すればいいだけだろ?」
「っ、無理だろ。まだ。」
「んで?どうだったよ、好きな子と、初めての二人きり。」
「…緊張したに決まってんだろ。」
「ぶはっ!お前、試合でも緊張しねーのにな。」
「るせー。…っつか、とりあえず明日俺ら二人で行動すっから。お前らも二人で行けよな。」
「え?!何ちゃっかり進展しちゃってんの?!」

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