長編、企画 | ナノ

第一印象って大事です


白鳥沢学園中等部に入って初めての大会。
跳子は主将の牛島をはじめとするメンバーで会場に到着する。

「緊張してるか?跳子。」
『ううん。大丈夫。』

跳子自身が試合に出るわけでもないのに、心配してくれる優しい幼馴染に微笑みを返してバスを降りる。
そのまま牛島の隣に並んで歩いていると、会場の入り口手前に女の子の集団を見かけた。

『…?』
「!」

女の子の中心に背の高い男が居る事を認識した時、牛島が跳子の足を止めた。

「跳子。あれが世にいう"女タラシ"というものの日本代表だ。」
『あれがっ?かの有名な!?私初めて見るよ…。』

だから囲まれてるんだね…と呟く跳子に、後ろをついてきている選手の数人が吹き出す。

(女タラシの日本代表って…え、競技?職業?)
(跳子ちゃんなんだと思ってるの?!)
(この子頭いいのに、たまにすっごいダメだよね?!)

牛島は真剣な顔で続ける。

「いいか跳子。あれは北一の及川と言う男だ。」
『えっ!?北一の及川さん!?強豪の中でも有名だよね?』
「あぁ。今日も決勝で当たる可能性が高い。なので後でお前が観ることになるだろう。…しかしまずアイツには自ら近寄るな。」

こちらも真剣な顔で頷く跳子に、牛島は他にも及川に対する注意事項を簡単に述べた。

@自ら近寄らない。
A向こうから近づいてきたら即逃げる。
B万が一捕まっても、名乗らず自分の情報を与えない。

『うん、わかったよ若くん!…あの女の子たちは助けてあげなくていいの…?』
「…すでに、手遅れだ…!」
『そんな…っ!!』

もはやふざけたコントに思えてきた部員たちは、一抹の不安を抱えながら先に中に入ることにする。

(普段はあんな怖いのに…うちの部長も大丈夫か?)

そして中からズンズンと怒りの表情で出てくる男とすれ違う。

「おっ。アレは…。」

振り向いた先では、すれ違った男が女の子の中心の及川目がけてバレーボールをアタックした。
キャーという女の子の悲鳴が響く。

「あいだァっ!何するの岩ちゃん!!」
「及川てめぇいつまで油売ってんだよ!!」

少し離れた先で牛島が付け足す。

「…あれが及川の保護者だ。」
『ほぇぇ。すごいコントロールいいね。』

その時、岩泉と彼に耳を引っ張られる及川が牛島の姿に気付いてはたと止まった。
牛島も元々隠れるように背後から覗いていた跳子を即座に死角に隠す。
特に互いに何も言わないまま、空気だけが色を変え、やがて岩泉と及川が中へ向かっていく。

「−岩ちゃん。ウシワカちゃんが女の子といるなんてビックリじゃない?」
「はぁ?女ァ?今か?」
「隠したつもりみたいだけどねー。めっちゃ可愛い子だったよ。」
「お前ほんっと目ざといな…。」


牛島の言葉通り、準決勝で北川第一の試合を観終えた跳子が白鳥沢に戻ろうと急ぎ足で歩いていた。

(すごいサーブだったな女タラシさん…。コントロールにはまだ若干ムラはあるけど、あの威力で狙える事自体がスゴイ…。)

考え事をしながら歩いていたせいか、角を曲がった途端に人にぶつかってしまった。

『あっ、すみません…!』
「大丈…アレ!?」

相手の胸にぶつけた鼻を擦りながら跳子が顔をあげると、それはつい先ほどまで試合で見ていた及川だった。

(やばいっ!)

「白鳥沢の跳子ちゃんでしょ?!俺北川第一の及川徹!よろしくね!」
『え!!』

ニッコリ笑った及川が、跳子の手を両手で包み込むように握って握手をする。

(ひぃぃ!若くん!@Aは元よりBすらももうダメだよぉ〜!)

何も言えないでいる跳子の手を、及川の手が離そうとする気配が見えない。

「及川。何やってんだよ、その子固まってんじゃねーか。」
「岩ちゃん。さっきウシワカちゃんと一緒に居た子だよ。鈴木跳子ちゃん。俺の胸に飛び込んできたから両想いみたい。」
『…っ違いますっ!』

はぁと一つため息をついた岩泉が、繋がれた手を切るように手刀を一発決めて及川を引きはがす。
何するの!とわめく及川を黙らせてから呆れ顔で岩泉が口を開いた。

「お前さっきの今でなんで名前知ってんだよ。」
「聞いたんだよー。その辺を歩いてた白鳥沢の制服を着てた女の子に♪」

跳子と同じ疑問を抱いた岩泉が聞いてくれたので、跳子も謎が解けた。
可愛らしくペロリと舌を出して答える及川に岩泉はイラッとするが、とりあえず抑える。
そしてもう一度ため息をつきながら跳子の方を向き直った。

「悪いな。鈴木さん、だったか?気分悪くさせちまっただろ?俺は岩泉だ。」
『…ありがとうございます。岩泉さん。』
「否定!否定の言葉忘れてるよ跳子ちゃん!」

後ろで騒ぐ及川をスルーして、岩泉は会話を続けた。

「…次の試合、うちと決勝だよな。負けねーぞ。」
『あ、ハイ。よろしくお願いします!』
「まるでロミジュリだね跳子ちゃん。愛する二人が引き裂かれ…」

目の前の岩泉の顔が引きつる。

「…もう行った方がいいぞ。なんか、すまんな…。」
『…岩泉さん、大変ですね…。でも助かりました。失礼します。』

岩泉に向けて丁寧にお辞儀をし、まだ何かを言っている及川を置いて跳子は横を通りぬけていった。
後ろからゴンッと鈍い音がしたのでとうとう鉄拳制裁が入ったのか。
初対面の自分に気を使って、目の前で殴るのを我慢していたのかもしれない。

(女タラシさんってちょっと変…。岩泉さんはいい人だな。)

もちろん第一印象はそんな感じ。

試合を見た時にはちょっとかっこいいと思ったのに、と跳子は一人苦笑する。
でも二人のやり取りにはお互いの信頼とかも見えて素敵なコンビだとも思ったし、一緒に居て少し面白かった。
胸に温かいモノを感じながら、跳子は白鳥沢に向かった。


リクエストありがとうございました!
なんだか及川さんはどうしてもそういう扱いに…。


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