●●●近すぎる距離
期末テストを目前に控えた6月末。
ここ烏野高校男子バレーボール部の部室をノックする、制服姿の女の子の姿が在った。
『大地ー。来たよー。』
「おー、跳子か。今開けるからちょっと待ってくれ。」
ガチャと扉を開けて、澤村が顔を出した。
マネージャーというわけでもない跳子がこの部室を訪れるのは理由がある。
「悪いな、跳子にまで付き合わせて。」
『いいよ全然。いつものことだし。…まぁでも問題児が増えてるとは思わなかったけどね。』
元来の田中・西谷でも手一杯だったというのに、そこに日向・影山の加入によるバレー部のバカ4人のためのテスト前対策。
講師は澤村・菅原・縁下に加え、澤村の幼馴染である跳子も手伝いにきたのだ。
キレイなお姉さんに教えられる事で部員たちの士気も高めつつ、ガッツリ手厳しく叩きこんでくれるので特に田中・西谷には効果が絶大だった。
勉強を始め、時計の長針がぐるりと一周を回った頃。
そろそろバカ4人組の目と耳から、煙のような物が発生しそうだ。
「…集中力切れてきたな。皆の飲み物でも買ってくるよ。」
澤村が立ち上がると同時に、慌てて日向と山口が手を挙げた。
「あっ!主将!おれ行きます!」
「お、俺も!」
後輩の気遣いにニコリと笑って澤村が二人を止める。
「あぁいいよ。お前らはそのまま続けててくれ。そんで、何がいい?」
一同があざーっすと頭を下げ、それぞれの希望を告げる。
「コーラッ!しゅわっとスカっとしたいッス!」
「オレンジ!つぶつぶの。」
「…お汁粉。糖分…」
「そんなん学校の自販機にあったかぁ?っつか夏だぞ?」
「だーいち、俺ウーロンね♪」
「俺は、んー、…何でもいいよ。」
好き勝手言っている部員たちにふぅと息を吐いて、澤村が靴を履き始めた。
量が多くて持つのが大変だろうと、跳子が持っていた無地のショッピングバッグを手に澤村のところまで寄って行く。
「跳子さんは?希望ないんスか?」
『私?私は−』
西谷の言葉に振り向いた跳子が言葉を続けようとした時、後ろから澤村が跳子の頭にポンと手を置いた。
「跳子はあそこの自販なら無糖のアイスティー、だろ?」
『うん。正解〜。』
「お前のは聞かなくてもわかるよ。」
『だろうと思った。』
目を見合わせて笑う二人。
『ハイ。これあった方が楽でしょ?』
「お、サンキュ。じゃあ行ってくるわ。」
『いってらっしゃい。』
その雰囲気に、なんとなく1・2年が赤くなる。
(…なんだここは、新婚家庭か。)
澤村の差し入れでリフレッシュも完了し、そのまま勉強会は怒涛の後半戦に突入した。
各自に今日教えたところの小テストを受けさせる。
カリカリカリ…
それなりに順調にペンを走らせる音に安堵しつつ、講師陣は時計を見ながら自身の勉強も続ける。
(…あれ?)
ふと教科書から顔をあげた跳子が目の前の澤村に目を向けると、シャツの第二ボタンが危うそうにぶら下がっていることに気付いた。
『大地。ここ。ボタン取れそう。』
「ん?…あぁ本当だ。知らない間にどっかひっかけたかな?」
『私、つけるよ。そのままでいいから。』
「おお、悪いな。サンキュー。」
鞄からソーイングセットを取り出すと、跳子はそのまま澤村の胸元に近づいてボタンをつける。
ものの1分もかからずにつけ終わり、仕上げに糸を噛み切るために近寄った。
…はたから見ると、澤村の胸元にキスを捧げるようにも見える。
小テストを受ける静かな空間の真ん前で繰り広げられるそれに、真っ赤になる日向と山口。
田中と西谷がこそこそと話す。
「すげーな大地さん…!さすがだぜ…!」
「おぉ、自然すぎて憧れるぜ…!」
「しかし冷静でいられるか?あの状態で。」
「いや、無理だ。俺は涙を流さずにはいられねぇ。」
すでに小テストを解き終わった月島はもはや呆れ顔で、菅原と東峰に小声で尋ねる。
「…あれ、本当につきあってないんですか?」
その一言に、隣で問題を必死で解いていた影山も顔をあげる。
(え。あれでつきあってないとかありえるのか?)
あーまーなー、と菅原と東峰が慣れた感じで返事をしながら、すでに勉強に戻っている二人をほのぼのと見つめた。
「もういい加減慣れたわー…。」
「早くつきあっちまえとか思ってたけど、あれはもうそれを超越してるしなぁ。」
「クラスでもあんなんですか…?」
「…まぁのきなみ。うちのクラスでのあだ名は旦那と嫁だ。」
こそこそ話しているのに気付いたのか、二人が皆の方をぐるっと見回す。
「こらっ!お前ら!」
『真面目にやりなさい!』
さすが夫妻、息がピッタリだ。
全員慌てて手元の紙に視線を戻した。
テストの採点を終え、今日の勉強会の結果は上々に終わった。
それと同時に、跳子が日向と影山にあげようとしていた簡単な参考書を教室に忘れてしまったと取りに出て行った。
その間に鼻息を荒くした田中と西谷が澤村に寄って行く。
「大地さん、相変わらずすげーッスよね!」
「なんで跳子さんとあんな感じになれたんスか?」
「ん?まぁずっと側に居たからなぁ。特別なことは何もしてないつもりだが…。」
あんな感じと言われても…と苦笑いをしながら澤村が答える。
この二人はいつもこんな事を言ってくるのだ。
「はぁぁ。いいっすね幼馴染!しかも跳子さん!」
「羨ましい…!俺も跳子さん欲しいッスよ!」
興奮して続けた二人の言葉に澤村がピクリと反応し、笑顔で二人に一言告げる。
「…やらんぞ。」
「「ひィっ…!」」
真っ黒な笑顔に途端に縮み上がる田中と西谷。
どうやら澤村的NGワードに触れてしまったようだ。
ただいまーと戻ってきた跳子が再び扉を開けて入ってきた。
部室の隅で半泣きの田中と西谷の姿にすぐに気付く。
『?どうしたの?龍も夕も真っ青じゃん。』
二人が何か言う前に、澤村がさらっと答える。
「どうもしないよ。ただ、俺にはお前がいないとダメだなって話。」
少しキョトンとした後、すぐに笑って跳子が答える。
『なんだそんなこと。私も大地がいないと何もできないからお互い様だよ。』
((あぁ、やっぱりこれでつきあってないってどういう事だよ−!!))
誰も入り込むことのできない二人の空気に、部室内の誰もがそう思う。
「『じゃあお先に〜。』」
出ていく二人を見送った後、田中と西谷の肩に手を置いて、菅原と東峰がふるふると首を振る。
「…大地は何もしてないつもりでも、長年無意識にあぁやって威嚇してきたんだろうよ。」
「ある意味努力の賜物だよなぁ。」
−でももうそろそろ時間の問題だろ−
長年二人を見てきた菅原と東峰がふっとそんな事を思って微笑んだ。
リクエストありがとうございました!
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