長編、企画 | ナノ

文化祭



「跳子ちゃ〜ん!休憩行こう〜!」
『あ、うん!今行くー!』

ドア口から呼んでいる梅木多さんの声に返事をして、私は交替する子に一声かけてからそちらに向かった。


文化祭の本番を迎え、うちのクラスのフリマはそれなりに盛況といったところ。

普通の販売にももちろんたくさんのお客様が来てくれているけれど、希望者へのちょっとした変身企画も女の子たちを中心に結構うけているみたいで。
パーテーションで分けたブースで提案した服を試着してもらい、気に入ってもらえたらそのまま購入→さらにそれに合わせて梅木多さんたちがヘアメイクをする。

「こういうの、好きだけど似合わないと思ってたんです…!」
「初めて着てみたけど、想像以上に可愛くて嬉しい!!」

そんな喜びの声と共に可愛らしく微笑む女の子たちのとびきりの笑顔を見るのは、私にとって何よりも幸せだった。

もちろん私はまだまだ素人だし、自分では似合うと思って提案しても鏡を見て首を傾げる子だっている。
それでも話をしながらいくつか提案させてもらう事で、本当に気に入る新しいスタイルを見つけてもらえれば尚のこと嬉しくて。

相手の雰囲気や話し方から好みを読み取ったり、表情一つで本当に喜んでいるかどうかなど、長い間人との関わりを避けていた私にとってはかなり難しいところもある。
だからこそ、やはりとても貴重な経験をさせてもらえてるんだと実感した。


教室を出る前になんとなく中をパッと見回してみると、及川くんが他校の女の子たちに囲まれてニコニコと笑っているのが見えた。

専用コーナーを阻止する事に成功した彼は、そのかわりに今日急遽休みになってしまった子の担当時間も受け持つことになったのだ。
ちょっと可哀想とも思ったが、確実に売り上げに繋がる手をみすみす手放すなんて…と言いながらもクラス委員長の子が折れたので、「それぐらいで済むならよかった」と彼は笑っていた。

スゴいのは、彼が一言「それ似合うね」と言えば、女の子たちは真っ赤になりながら手にしていた服を迷わず買っていくことだ。
本当に似合っているから別にいいのだけれど、スタイリスト志望者としてはちょっと悔しくもある。
まぁやっぱり女子に言われるのと男子に言われるのとでは、ちょっと違うんだろうけど。

岩泉くんは今日は当番の時間はまだなので、教室内にはいなかった。
どこに行っているかはわからないけど、何となく屋台を制覇しそうな勢いで回っている姿が想像できて思わず一人で笑ってしまう。
岩泉くんと一緒に文化祭を過ごす…なんて一瞬夢見たりもしたけれど、もちろん私が誘えるわけもなく。
同じクラスになれて準備も一緒にできただけでも、去年からすればスゴいことだと言うのに、少しずつ贅沢になってきてしまってるんだろうか。


梅木多さんたちと休憩ついでに色々と文化祭を見て回る約束をしていたので、待っていてくれた彼女たちと並んで廊下に出る。
すると途端にバッタリと見知った顔に出会って、私たちは同時に声を出した。

「跳子さん。」
『影山くん!本当に来てくれたんだ!』
「あ、こないだのかっこいい後輩くんだ!」

すぐ隣で立ち止まった梅木多さんたちも、影山くんに気づいたようだ。
すると何を思ったのかにんまりと笑った梅木多さんたちが互いに顔を見合わせたかと思えば、スススと私たちから距離をとった。

「ねぇ跳子ちゃん、せっかく来てくれたんだから案内してあげたら?」
「ちょうど休憩入ったところだしねぇ。タイミングどんぴしゃ!」
「というわけで私たちは行くわーっ!!」
『え、ちょっと待…!』
「「「じゃあまた後でねー!!」」」

普段よりもたくさん人がいるのに、器用に人混みの合間を縫って走り抜けながら梅木多さんたちが手を振る。
一瞬手を伸ばすも届くはずがなく、私はその体勢のまま言葉を飲みこんだ。

(またこのパターンですか…。)

もうすっかり見えなくなった彼女たちの姿を目で追っていた影山くんが、目をキラリと光らせる。

「…あの人たち、なかなかの動体視力とステップですね。」
『え、この状況で気になるのそこなの影山くん!』

予想外の影山くんの言葉に、私は笑ってしまう。

まぁ確かにせっかく影山くんが来てくれたんだから、皆のお言葉に甘えさせてもらおう。


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