●●●勇者で戦士で魔法使い
自棄になった勢いで一気にそこまで話した私は、ゼェゼェと肩で息をしていた。
喉がカラカラで、気分が悪い。
目の前に残っていた飲み物を、行儀悪く思い切り音を立てて飲み干した。
飲み終えたグラスを手放せばしーんとした空気が訪れる。
聞いてて楽しい話のはずもないから当たり前なんだけど、ここにきてどう事態に収拾つけていいかなんて私にわかるはずもない。
そんな静寂を破ったのは、意外にも岩泉くんの一言だった。
「…くだらねぇな。」
『っ…!』
その小さく呟かれた一言に、思わず私はぐ、と重い空気を飲み込む。
もうどうにでもなれ!と覚悟を決めて話したはずなのに、それでも岩泉くんの言葉は容赦なく心臓をえぐった。
テーブルの下で震えそうになる膝をぎゅっと握りしめ、次の言葉に備えた。
嫌われたか、呆れられたか。
でも二人の前で泣くのだけは避けたい。
−しかし岩泉くんが続けて発した言葉は、意外なものだった。
「理由が、じゃねぇぞ。その男がだ。」
『え…。』
「そんな男のためにお前が苦しむ必要なんてねぇよ。」
大きな声ではないのに、すごく力強くてしっかりした口調だったから私の耳にもしっかりと聞こえていたけれど、私は無意識に聞き返してしまっていた。
思わず見つめてぶつかった視線の先は、とても優しい色をしていて。
それが今自分のための色だと思うと、気も涙腺もあり得ないくらいに弛んでしまいそうになる。
そんな岩泉くんの言葉を受けて、黙っていた及川くんもニコッと微笑む。
「ほんと、そうだよね。そんなバカな奴に振り回されて、鈴木ちゃん大変だったねぇ。よしよし。」
『?!』
伸ばされた及川くんの手が、私の頭を優しく撫でる。
びっくりして体ごと後ろに引けば、ガタンと座っていた椅子の背もたれが音を立てた。
まだこちらに手を向けたまま「ありゃ、残念」と及川くんが笑うのを、信じられない思いで見つめる。
「というかさー、岩ちゃんちょっとかっこよすぎない?女の子に優しい言葉をかける役目は俺のはずなのに。」
「変な言いがかりつけんな。俺はそんな役目いらねーし。」
「なんだかズルいなぁ。…まぁでも真面目なハナシ。 鈴木ちゃん、もう気にすることないよ。何でそうなったかは別として、そんな連中ばかりじゃないし。」
「自分のことは自分が一番わかってんだろ。悪くないって堂々と胸張ってりゃいい。他人にとやかく言われることじゃねーしな。」
『…!!』
ずっと一人で抱えてきた重い荷物を、二人がどかどかとどかしてくれる。
多少やり方は乱暴だけれど、みるみるうちに重荷は消えていった。
なんだか気持ちがフッと軽くなり、それとは対照的にやたらと前髪が重く感じ始める。
いくら一人でそう思おうとしても無理だったのに。
二人のたった一言で本気でそう思えてしまって。
自分の単純さにプハッと思わず吹き出してしまった。
『すごいね、二人とも。』
そのままお礼を言おうと顔をあげれば、及川くんが私を見ながら嬉しそうに隣の岩泉くんの肩をバシバシと叩く。
「あっ!笑った!今のは髪があってもわかったよ!やっぱその方がいいよ。可愛いもん!ね、岩ちゃん。」
「…まぁいいと思うぜ。」
『?!!いや、そんなこと…!』
「はい、ダメー。」
及川くんが私の方に手を出して、チッチッチッとわざとらしく人差し指を左右に降った。
「そこは否定じゃなくて、可愛くお礼を言うところだよ!」
『いや、でも…、』
「…鈴木はそんなくだらない昔の男と俺ら、どっちを信じるんだ?」
『えぇっ?!』
そんな言い方、ずるい。
そんなの…二人を信じるに決まってる。
『…あ、りがと…う。』
ようやく出てきたお礼の言葉はすごく小さい声になってしまったけど、二人が笑ってくれているからきっと声は届いたはず。
でも今込めたい感謝の気持ちは、いくら大声を出しても何回お礼を言ってもきっと言い足りないくらいで。
昔やったRPGで助け出されたお姫様たちは、どうやってそれを彼に伝えたんだろうか。
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