長編、企画 | ナノ

It's just your imagination.



「−で、跳子。澤村先輩に何かされたわけじゃないのね?」
『う、うん。気をつけなさいって注意されたくらい…?』

頬を染めながら跳子が話す。

(壁ドンも抱きしめられたのもあの言葉も全部、最後の注意のため、だもんね。)

そう考えると少し寂しさを感じるが、それでも跳子のドキドキは止まらない。
顔は赤いが普通に立てるようになった跳子を見て、ちえとゆかはもう一度息をついた。

((澤村先輩、さすがだわ…。))

跳子の彼シャツ姿を見て、あの台詞を聞いた後の、二人きりの教室。
その状況で最終的に跳子と理性を優先させてくれた事。
もちろんそのまま問題なくつきあってくれれば何かあってもいいのだが、状況次第では真面目で少し相手の気持ちに鈍そうな二人が、思いもよらぬ結論を出す事も考えられて少し心配だった。

跳子が熱くなった顔をパタパタと仰いでいると、もう一度ドアがガラリと開いた。
ドア口で仏頂面をしている月島は、そのまま中には入ってこようとせずに口を開く。

「…鈴木。僕らの担当時間終わったよ。」
『え…?あっ、』

跳子が慌てて時計を確認すると、もう15時を過ぎていることに今更気付いた。

『あっごめん!私、後半何もしてない…!』
「別に問題なかったし。…このまま一緒に、文化祭まわろう。」
『えっ、でも…!』
「…文句ないでしょ?高梨。」

月島の言葉に両手を上げ、ゆかが「ハイハイ」とため息をついた。
それでも何となく申し訳なさそうにしている跳子を見て、月島が中に足を踏み入れる。

「…気になるんなら明日また頑張んなよ。ほら、行くよ。」

戸惑う跳子の手を掴んで、そのまま教室の外に連れ出した。

教室に残された二人が、月島と跳子が出て行って開きっぱなしのドアを見つめる。

「…月島も、頑張ってるよね。」
「うん…。なんか、さすがに申し訳ないことしたかも。」
「…まぁこればっかりは、跳子次第だしね。」

力なく笑ったゆかに、ちえが困ったように微笑みながら答えた。


月島に手を引かれながら外に出てきた跳子の顔を、秋の風が撫でていく。
だいぶ冷たいそれに、ぽーっとしていた頭がようやく働き始めた。

『月島くん。えっと…どこ行く、の?』
「別に。決めてない。」
『えっ、そうなの?どんどん歩いていくから決まってるのかと思った。』

そう言って跳子がふっと笑い、月島がチラリとその顔を見て小さく微笑む。

「…やっと戻った。」
『え?何??』
「何でもない。あ、クレープ。」

甘い香りに誘われるようにクレープの出店に向かう月島の背中を見て、跳子がふと思い出す。
クレープの小さな行列に並びはじめた時、モゴモゴと月島に話しかけた。

『あっあの、月島くん。クレープ、ご馳走しましょうか?』
「…何、急に。気持ち悪い。何か悪いことでもしたの?」
『うぅっ。あの、後で洗うけど…袖口にね、シミつけちゃったみたいで…。ごめんなさい!』
「…。」

なんだそんなこと−

そう言いかけた月島が、ふと考えてから跳子の顔を見る。

「別にクレープは自分で買うからいい。そもそも君、財布持ってないよね?」
『あっ…!』
「…バカだよね。それで交渉しようだなんて。それより…」
『?』
「…コレ。ちょっとこのままでいて。」

そう言って繋いでる手を少し上にあげて指さした。
手を引かれてそのままだった事を思い出した跳子が途端に少し焦りを見せる。

『えっ、あ!で、でも…。』
「…さっきのクラスのアレのせいで、一人で歩くと知らない子とかに声かけられて面倒だし。」
『月島くん…それ自慢にしか聞こえないよ。』
「そう?まぁでも実際こうしてれば来ないし。」

うーん、と少し考えてから跳子が答える。

『…まぁでもそれでいいなら。ちょっと恥ずかしいけど…。』
「じゃあ決定ね。…鈴木、どれ食べるの?」

順番がやってきて慌ててそのまま注文を決める。
お金は後で返すから!としきりに繰り返す跳子が、約束通り互いに片手は塞がれたまま反対の手にクレープを持って歩き始めた。

『じゃあどこ行こうか?日向くんのクラスとか…』
「…却下。」

予想通りの反応に笑いながら、月島の希望でバレー部がいないクラスをめぐっていく。
たまにクラスメイトとすれ違う度に繋いだ手に突っ込まれ、わたわたと跳子が言い訳をする。
隣りにいる月島はしれっとしているだけで何も言わなかった。


歩いているうちに跳子が部室にしみ抜きが置いてあった事をふと思い出した。
少しでも早い方が落ちやすいのはもちろんだし、ある程度文化祭も回ったので、跳子は月島に頼んでそのまま二人で部室に向かう。

先日部室の整理をした時に、あまり使わない物はまとめて上の棚に置いてしまった。
しみ抜きも普段は使わないので同じ箱に入れてしまったはずだった。
部室に入ってとりあえず跳子が手を伸ばしてみる。

『…くぅっ…。』

やはり無謀だったかと諦めた跳子が脚立をとろうと振り向いた瞬間、目の前に月島の胸板があった。

「…この箱?」

厚いわけでも細いわけでもない程よいそれに、急に跳子が先程の澤村に追い詰められた時の事を思い出して何も答えられなくなった。

「…鈴木?」
『なっ、んでもないの!ゴメン、ちょっと見ないで…。』

箱を降ろした月島に、真っ赤になった跳子がくるりと背中を向けてその場でしゃがみこむ。
髪の隙間からちらりと見えた首の後ろまで赤くなっていた。

(…主将のこと、思い出したのか…。)

小さく丸まっている背中を見て月島が思う。

(今一緒にいるのは自分なのに―)

チッと小さく舌打ちをした月島が、そのまま跳子の背中を覆い隠すように後ろからギュッと抱きしめた。

「…僕じゃ、だめなわけ?」
『つっ、月島、くん…?』

月島の腕の中で彼女の温度がさらにあがる。
相手の言葉の真意を図りかねて、跳子が月島の名前を呼んだきり何も言えなくなった。
ただひたすらに心臓がバクバクと動きを早めて血液を全身に送り込み、また体を赤く染める。

「…ナンテね。ドキドキした?」
『っ…!したよ!当たり前でしょー!!』

主将とどっちが?なんて正直怖くて聞けない。

「…何されたか知らないけど、君が感じたドキドキなんてそんなもんだよ。相手なんて関係ない。」
『っ!』

(だから…あの人に感じたドキドキなんて早く忘れて上書きされてしまえばいい。大したことじゃないんだと、恋だなんて思わないでくれればいいのに。)

少し切なくなって、月島が跳子の肩に顔を乗せる。
時計の音だけが響く中、跳子の鼓動が腕を通して伝わってくる。
確かに自分にもドキドキと早まっている彼女の鼓動。

(でも、僕も別に諦めるつもりなんてないし。)

それでも月島が後ろからのぞきこめば、跳子が目を白黒させて真っ赤になっているのがわかって、どうしようもなく安心する。

『…あの、もう、大丈夫だから離して…。』
「ふーん。大丈夫なんだ…。でもまだダーメ。」
『ふぇっ!?』

少し緩めていた腕にもう一度ギュッと力を込めれば、またあがる跳子の体温。

(ヤバい、癖になりそう…。)

腕の中でワタワタと動く跳子が面白くて、月島の顔に自然と笑みが零れた。


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