01

冷たくて澄んだ空気が頬に触れると、ああもうすぐ冬なんだと思って鼻の奥がツンとする。愛先輩と出会って、もう6度目の冬。この季節は僕たちが初めて出会った季節で、春よりももっと泣きたくなる季節なのだ。


「ゆーう君っ」


「愛さん……」


ようやく呼び慣れた「愛さん」は、やっぱりまだ気恥ずかしくて、本人のいないところではしらず元の呼び方に戻ってしまうことがある。本人がしったら不満に思うだろうか。なんてどうでもいいことを考えて、はっと笑うように息を吐くと、愛先輩……否、愛さんは怪訝な顔をした。


「今度は何を悩んでるの?」


「悩んでるわけではないんですけど、」


「じゃあ隠し事」


「違います、んぅ」


僕の下唇を噛んだ愛先輩は、嘘つく時口半開きになる癖直したほうがいいよ、アホがばれちゃう。と笑った。むっとすればそれすらおかしそうにする愛先輩はどうやらご機嫌なようで、往来にもかかわらずぼくに体重を預けるように抱きついてきた。


「寒いねぇ」


「そーですね」


「ふは、なんで今日冷たいの。」


「んー、今日は帰りたくないって言ってくれたら、優しくなります。」


本当は先輩が甘えてくる理由を僕は解っているし先輩も僕が冷たい理由を知っている。それでも僕らは敢えて意地の悪い台詞を吐き出した。言葉遊びなんかで紛れるはずはないのに。


「最低の殺し文句だね」


案の定、先輩は眉根を寄せながらも口元は微笑んでいた。僕はずるい。それに乗ってくる先輩もずるい。



冬とはいえまだ外は明るい。澄み切った空と目に痛い太陽とをカーテンを引けばそれなりに遮断できるのだろうけれど、僕も先輩もそうしなかった。それは背徳感とかそんな高尚なものを味わいたいわけではなくて、言うならば多分高揚感とか、もっと稚拙に言えば好奇心、ドアを開けたらどこに行けるのか少年が疑問を持つような、そんな気持ちを欲するあまりに、真昼にカーテンを開け放って情欲に溺れているのだ。


「ふ、あ、」


「ねぇ、背、伸びた?」


「ん、たぶ、あっ、あっ」


可愛らしい、と表現していいのかわからないがとにかく普通の、所謂正常位が僕も先輩も好きではなかった。快楽を求めてそうなったのではなくて、なんだかその体制が僕も先輩もしっくりこなくなったのだ。多分、お互い体力も筋力も有り余るせいで。初めこそ僕は行為をするということ自体にいっぱいいっぱいだったけれどもうそれは過去の話で、とかく僕らを充足させるには、正常位は些か体力的に物足りなかったのだ。そんな訳でお互いが多少無理のある体制で臨む行為に快楽を覚えているわけだから、二人とも変態で間違い無いだろう。


「ひ、いっ!!ぁんっ」


「余裕だね、ゆうくん?」


「んっ、あぁっ!」


考え事にさえ嫉妬する愛さんは、とてつもなく可愛い。愛しくて好きで、どうしようもなくなって、結局キスを送ることくらいしか出来ないのが、もどかしくてたまらなくなる。


「は、あぅうっ!!」


先程まで僕の手をベッドにつかせて立ったまま後ろから、所謂立ちバックの体制だったのだが、先輩が後ろから僕を抱えあげて反転しながらベッドに寝転んだ。挿入れたままそんなことをするものだから危うくイキそうになる。それをなんとか堪えて、先輩が強請ってきた騎乗に体制を整える。ゆるゆると腰を動かし出すと、先輩の方も小さく喘いで嬉しかった。


「あ、ふぁ、んっ!んっ!」


「っく、ゆうくん騎乗位すきだね……んっ」



「は、あっ、だって、んっ、ん、」


愛のことおかしてるみたい。そう言うと愛さんは目を見開いて、それからぐしゃりと笑った。イケメンはそれでもイケメンのままなのだから不思議だ。


「ばかじゃないの、」


「ふぇ、あっ、やぁっ!まっ、やらぁっ!!」


愛さんは意地悪な顔をしたまま突然俺の腰を掴むと、下からがつがつと突き上げてきた。


「っぇ、あ、あっ!」


「騎乗位でも別に動けるよ?」


残念だったね、と言われて、悔しいけど、これはこれで先輩に強く求められているみたいで全然残念じゃないなぁ、と、朦朧とし始めた意識の隅で思った。もう快楽ばかりが能を支配して、ほとんど思考なんて出来やしないのに。


「ひぅっ、や、あぁあっ!イ、ぁあっ、まなっらめ、いく、から、いっちゃうっ」


「あーあ、トンじゃった?まぁ、俺も余裕ないけど。」


不安定な姿勢が少し怖くて霞む視界で何とか愛さんの胸にしがみつく。ご満悦そうなイイコ、という声が掛けられた。

「あぁああっ!も、だめ、やだぁっ、あっ、ああっ、っふぁあ、ぁっ!!」


先輩のお腹に、胸に、白濁が散る。少しして僕のナカにも、熱いものが注がれた。



眼が覚めると、愛さんはまだ眠っていた。抜かずに3回とかエロ同人みたいなことするからだ。僕の身体もまだ倦怠感を訴えている。愛さんの腕の中に潜りなおして胸に耳を当てるととくとくと心地よい心音が聞こえた。
外はもうすっかり暗くて日の落ちる速さに冬を感じる。



6年前の今頃は、先輩が僕を見つけた季節。

5年前の今頃は、先輩が僕を捕まえた季節。


4年前は、3年前は、2年前は、1年前は。


そうやって全部覚えてられるのはきっと今の内だけなのだろう。でも、忘れてしまっても、構わない。その時、今年の先輩が僕の隣にいてくれれば。塗り替えて上書きしてくれると言うなら、きっと過去にすがる必要はない。

それが嬉しくて、少し切なくて。
だから先輩は幸せを噛みしめるように僕に甘える。
だから僕は照れ隠しに先輩に少し冷たくする。

きっと、来年も、再来年も、ずっとずっと。

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