一.運命の一目惚れ

三途の川。
賽の河原の清掃を任されていた唐瓜と茄子は、茄子のせいで時々業務から脱線しながらも順調に河原の清掃を進めていた。結構な量になったゴミ袋を唐瓜が積んでいると、不意に背後から声をかけられた。

「あの、すみません」
「ハイッ」

振り向けば若い女性。
最初に目についたのは鬼に多いふわふわしたパーマ。そのせいで同業者かと思ったが、その頭には自分達のように角がない。それなら亡者かと唐瓜は頭部から体幹へ視線を移すが、そもそも服装が違う。死装束ではないし、何よりも洋服だ。
更に彼女は戸惑ってこそいるが、亡者と比べ何というか生気に満ち溢れた顔をしている。

「此処はどこでしょうか?」
「「…え?」」


◇◇◇


「えーッ生者!?」
「生者ですって!?」

驚きのあまり、閻魔大王はこれでもかと身を乗り出し、鬼灯は思わず処理中の書類を払い除けてしまった。唐瓜は顔を俯かせて、これまでの出来事を報告する。

「気付いたらここにいた、と言ってました。」
「正規のルート通ってないってことは、臨死体験者かなぁ」
「その可能性も有り得ます。しかしどちらにせよ…」

鬼灯は渋面で言葉を濁した。

「鬼灯くん、行こうか」
「はい。全く…どこの阿呆ですか…生者を連れてくるなんて、免職ぐらいじゃ取り返しつきませんよ!!」

突如起こった大事件に鬼灯は苦々しい顔で頭を押さえた。

「その生者は今どこに?」
「あちらで茄子が…」

唐瓜が自分の後ろを指差し、邪魔にならぬよう脇に退く。

「見張って………」

「わあ、ありがとうございます、喉が渇いてたんです」
「良かった〜!」

「………彼、今水を飲ませましたよね?」
「ん茄子ッッッ!!!」

茄子に蹴りを入れ、唐瓜は説教し始める。

「お前!研修で習ったろ!!」
「えっ何を?」
「地獄の物を口に入れると現世に戻れなくなるって、あれだけ注意されただろ!」
「あっ」

茄子は口を押さえた。
彼にとっては、訳も分からず此処へ来た彼女に少しでも落ち着いてもらうために考えた気遣いのつもりだったのだ。

「ごめんなさい、俺………」
「そ、そんな泣かないで」

鬼灯も傍に歩み寄り、ちらりと視線を生者へやる。茄子を見て、狼狽え心配するまだうら若い女性。
可哀想に、という感情が鬼灯の心に芽生える。
彼女は既に三途の川を超え閻魔殿にまでやって来た上に地獄の水を口にした。神々が決めた生と死の理を覆すことはいくら閻魔大王や鬼灯とて不可能だ。

狼狽えていた女性が恐る恐る挙手し、口を開いた。

「すみません、その。戻れないってどういうことですか?」
「そのままの意味ですよ。ここは地獄。地獄の水を飲んだ貴女はもう元居た世界には戻れません」
「………!!」

歩み寄り、近くで見る彼女の身体は小さく震え出した。今までは此方を気遣い気丈に振る舞っていたのだろう。
不自然に元気だったのはやはり強がりだったのだ。
閻魔大王が前に出て深々と頭を下げた。

「閻魔大王です。この度は大変申し訳ありません。」
「…私は閻魔大王第一補佐官の鬼灯と申します。今回は大変申し訳ありませんでした。此方の指導、及び管理不足です。…本当に、申し訳ありません」

鬼灯も大王の後に続いて深く頭を下げた。
鬼灯は彼女の今後の生活は勿論、どんな手を使ってでもサポートしていくつもりだ。
それが唯一出来る償いだろう。と鬼灯は考えていたが。

「えっと、閻魔大王様、と鬼灯さん?あの、頭を上げてください」

返ってきたのは罵声でも啜り泣く声でもなかった。穏やかな優しい声が頭上から降ってくる。

「私は大丈夫、って言ったらまだちょっと戸惑ってるし嘘になりますけど。でももう謝罪の御言葉を頂きましたから。」

頭を上げて初めて目を合わせた彼女は、優しく微笑んでいた。負の感情など一片も映していない眼差し。
なんて清らかで神聖で寛大なのだろう。そんな気持ちになった鬼灯の胸に、ばきゅん、とチープな銃声が響いた。

鬼灯はがしっと彼女の手を掴む。
先程の唐瓜の報告にあった彼女の名を記憶の海から引き揚げる。

「名字名前さん、でしたね?」
「あ…は、はい」

突然手を握られ困惑している名前に鬼灯は真剣な口調で語りかける。

「名前さん、貴女……」
「は、はいっ」
「貴女、私の嫁になりなさい」

鬼灯が言葉を発してから数秒後、唐瓜が茄子を連れて一歩下がった。そのまま後ろ歩きで閻魔の方まで下がっていく。

「え、えっと、今何と?」
「結婚してください」
「…結婚!!?」
「貴女に一目惚れしました私と結婚しなさい!」
「ええええ!?」
「公的にも私的にも貴女をずっと支えます!」

名前と鬼灯のやりとりを遠巻きに見ていた閻魔大王と二人の小鬼は呆れたり驚いたりだった。

「ワシ、そろそろ鬼灯くんには身を固めてほしいと思ってたけど…数十秒前までワシと彼、彼女に謝罪してたよね?」
「出会って数分程度の女性にプロポーズ……」
「あれって本気なのかな?会話よく聞こえないけど…本気だったら鬼灯様ってすごい情熱的だよな!」

閻魔大王と唐瓜の二人は今一度鬼灯を見た。
先程までは彼女の両手を包み込むようにしていたのに今は逃げられないように肩を掴み、困惑する彼女に未だ求婚の言葉を贈っている。誰がどう見ても異様な光景だった。

「…俺、茄子が羨ましい。」
「うん、ワシも。」
「なんで!?」

閻魔殿に茄子の驚愕の声と名前の阿鼻叫喚が響き渡る。毎日何だかんだあるけれど今日も地獄は平和だと閻魔大王は思いつつ、珍しく自ら職務に取り掛かった。
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