十一.些細な言葉でも

部屋から戻ると鬼灯の職務が再開する。
午前中は法廷に缶詰めになり休みなくぶっ通しで亡者を裁き続けていると、あっという間に休憩時間になった。午前の裁判だけで既に体力も集中力も底をつきかけた閻魔大王が鬼灯を昼食に誘ったのだが。

「すみません、記録課にて少々調べものがありますので」

罪状記録、判決記録を束ねながら鬼灯はそう言った。

「えーそうなの?あんまり根詰めると流石の君でも倒れちゃうよ」
「お前は一回倒れるまで仕事をしてみろ。というワケですので今日は独り飯を堪能してください」
「何で独り飯前提なの!?」

鬼灯は書類の束を持つとさっさと法廷を後にした。
結局鬼灯は昼休み中戻らず、午後の始業時間の五分前にはきっちりと戻ってきた。
午後からも裁判をこなし続け定時の鐘が鳴ると時計を確認し、鬼灯はきびきびと片付けを始めた。

「…う〜ん今日も疲れたねえ〜。鬼灯くんご飯行かないかい?」
「ですから今日は貴方とダラダラ飯はできないんですよ」
「ストレートにワシがダラダラしてるって言いたいんだね、鬼灯くん…」

鬼灯の物言いに閻魔大王は苦笑を漏らすことしか出来ない。さっさと書類を片付けると、それではお先に失礼します、と断ってその場を去っていった。
長い廊下を早歩きに、鬼灯は自室へ向かう。昼休憩無しのうえ立ちっぱなしで亡者を裁き続け、正直疲労は溜まっているが部屋で待つ彼女を思えば、足取りも軽い。



◇◇◇


「あ、鬼灯さん」

ドアを開けると名前がこちらを見て柔らかく笑う。彼女は本を読んでいたらしく、ぱたんとそれを閉じて棚へ戻すとパタパタと小走りに扉の方へやって来た。

「おかえりなさい、お仕事お疲れ様です」

顔を見上げ、他意は何もない純粋な労いの言葉をかける名前を見て鬼灯は珍しく目をぱちくりとさせた。

「………………」
「鬼灯さん?」
「…今のもう一回言って貰えませんか」
「あ、はい。お仕事お疲れさ…」
「それも良いですがその前から」
「え!?お、おかえりなさい、お仕事お疲れ様です…?」

訳が分からないと言いたげに目の前の嫁のフリをしている彼女は首を傾げ、要求した言葉を言った。
鬼灯は「ハァ〜…」と息を吐いて、名前の肩を掴むと顔を伏せる。
突然掴まれたものだから名前の肩はビクッと跳ね上がり、おずおずと彼女は鬼灯の顔を覗きこんだ。

「も、もしや何かご不満が…!?」
「…いえ、そうではなくて」

十二分過ぎます、と思った事は言わなかった。
現在、鬼灯が自らのエゴで歪な関係を作り上げ彼女を繋ぎ止めている事は彼自身も重々承知している。
にも関わらず、名前が図太く能天気に過ごしているのはきっと彼女の生来の性分なのだろう。
分かっていてもなお、名前が自分の帰りを待ち、他意も好意も何もないのに彼女が自分を労ってくれる。それだけでこんなにも温かくどこかくすぐったい気持ちになるものなのか。

「…それじゃあ、買い物に行きましょうか」

囁くように言うと、鬼灯はそっと名前の腕を引いて部屋の扉を閉めた。
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