セーラー服と秘密結社 | ナノ

幻の幽霊車両を追え!1/9   

ふっくらと炊き上がった白米を一口、また一口と口に運びながら名前はぼんやりと昨日の出来事を思い出していた。耳に流れてくるニュースの内容もいまいち頭に残らない。

"私はアンタがHLへ行った目的は聞かないし口も手も出さない。それがアンタとの約束だから干渉はしない。でも師として忠告しといたげる、これからはいつも以上に気を付けなさい。どこで誰が狙ってるか分かんないから"
"異界はいつも我々の想像を遥かに越えてくる。…だから名前。悪い事は言わないから暫く身辺に注意した方が良い"

師匠とジェレミアからの忠告が脳内をぐるぐると巡る。
命を狙われるのは稼業上日常茶飯事であるが、どうも2人の発言には引っ掛るものがあった。

『…次のニュースです。現在二度目の繁殖期を迎えたハシビロバネサイチョウが成長した雛鳥と共に獰猛に捕食活動を行っております。雛鳥も生後まもなく飛翔は可能、更にこの鳥は擬態能力も持つようです。外を出歩くまたは飛翔能力を持つ方は全方位に万全の注意を払ってお出かけ下さ』

時計を見ると家を出る時間が迫っていたため、アナウンサーがニュース台本を読み上げている途中でテレビの電源を切った。歯磨きを終え部屋の灯りを全て消したか確認すると、いつものようにテラスへ出る。

「………」

眼下に広がるHLの街並みと霧中には人や化け物や怪異現象がそこかしこに蠢いている。名前の知るかつての都市の風景は、もうほとんどが異界とごちゃ混ぜになっていた。だが今は昔を懐かしんでいる場合ではない、今日から新しい任務が始まるのだ。
名前はスマートフォンを起動させるとHLの地図が表示された。
一つの赤い点がゆっくりとした速度で動いている。レオナルドのGPS信号だ。これから名前は彼の身辺の護衛に行かなければならない。この位置ならば交通機関を利用するよりも、ここを出てこのままビル街の屋上を走った方が近い。名前は手すりを蹴り上げて向かいのビルへ跳び移ろうとした。

「………え」

向かいのビルの柵に悠々と留まる1匹のコウモリ。
赤黒い身体に煌めく真紅の瞳は名前を見つめ、名前もまた、何故かその瞳から目が離せなかった。
瞬間、背後からの浮遊感が名前を襲う。

「!?」

まさかと思いながら首を持ち上げて、後ろを振り向くと。

「ピエエエエー!!!」

鉤爪でセーラー服をつまみ上げるようにして羽ばたく、かつて名前を襲った怪鳥――よりは小型である。しかしその体長は悠に名前の5倍はある。

「………………」

恐らくこれはハシビロバネサイチョウの雛鳥だろう。
一度ならず二度も背後をとられるなんてと名前は反省しつつ、もしかしてまたあの職場の先輩とその愛人がいる部屋に突っ込んで行ったりするのだろうかと心のどこかで呑気な事を考えていた。



◇◇◇



同時刻ライブラ事務所。
静まり返る室内でチェスに興じる2人の男性がいた。
眼鏡をかけた屈強な身体付きの紅毛の男性、クラウス・V・ラインヘルツはチェス盤を真剣に見つめ、腕を組み左手の指で少し顎を触っている。
チェス盤を挟んで向かいに座るのは彼の右腕でもあるスティーブン・A・スターフェイズ。スティーブンは駒を手にすると、微笑みと共に沈黙を破った。

「『神々の義眼』保有者の子供を拾ったってのは、本当なのかい?」

トン、と駒が配置されクラウスの眉が僅かに動く。
先日の半神召還事件の際にライブラへ加入したレオナルド・ウォッチの件だ。少し刺のあるスティーブンの物言いに、彼は考え込みながらも返答した。

「…本当だ。事態は急を要した、報告が前後したことは謝る」

言い終わり、クラウスが駒を配置するとスティーブンは苦笑いを零して背もたれに体重を預けた。

「報告とかは別にいいんだ。けど…大丈夫なのかい?そんなの入れて。どうやらそれで軽く1回世界が救われてるらしいけどもさ」

どうも人を信じすぎる傾向があるリーダーに代わって慎重さと疑り深さを持つライブラの副官は、まだ見ぬレオナルド・ウォッチに対して懐疑的だ。
それは、データを見る限り義眼以外の能力値は良くも悪くも一般人相当であるレオが世界の均衡を保つべく暗躍する秘密結社に加入すること、そして何かと得体の知れない神々の義眼をライブラが有する事になるリスクを懸念してのことだった。

「…何てったってここはヘルサレムズ・ロット。現役の軍人でも軽々と命を落とす超常世界だ。ただ眼の良いだけの子供が裏街道をヒョイヒョイ歩く危険を想像出来ない君でもないだろう。…可哀想なことにならなければ良いけどね。そういえば、この間の名前の警察出向の件だけれど」

ビクッとクラウスの巨躯が揺れた。頬にはダラダラと脂汗が伝い動揺しているのが丸分かりだ。
ライブラはHLPDとの利害関係のもとに、その存在を黙認されているに過ぎない。一部の食えない刑事達は、世界を守るために法律スレスレ(超えるときも多々あるが)で動くライブラを目の敵にしている。そのため普段から警察への協力は慎重にとスティーブンはお人好しのクラウスに口酸っぱく言い聞かせていた。

「いやね、別に君の判断が間違ってたとかじゃ無いんだ、落ち着いてくれ。ただ名前の報告が少し気になってね」
「…ああ。」
「中々不可解な事案だ。名前が言っていたジェレミアの警告にも気になる点が多々ある。それに、ついさっき奴は―――………」
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