セーラー服と秘密結社 | ナノ

幻の幽霊車両を追え!2/9   

かれこれ三十分は経っただろうか。ハシビロバネサイチョウの雛鳥は、今朝の朝食予定の名前を足で捕獲しつつ高層ビルの間を飛翔している。しかしその羽ばたきはどこかおぼつかず、よろめいた翔び方だ。

「ピ…ピエエ…」

か細い鳴き声に名前がまさかと思わず見上げた時には既に遅し。
成長も体力も不十分な雛鳥は、飛行に疲れ名前のセーラー服を捕らえていた鉤爪にこもる力も徐々に弱まっている。見下げた景色は大通り。数え切れないほどの車両に人類、異界人。落ちたら自分もただでは済まない高度だ。

「あ、」

その時、道路の中から知った顔が2人ほどこちらを見上げてあんぐりと口を開けているのが見えた。
ザップ・レンフロにレオナルド・ウォッチ。
間違いなくこちらを認識している。助けを求めようと手を伸ばしかけた瞬間、背部の解放感と共に落下の浮遊感と空気抵抗が名前に牙を剥いた。



◇◇◇



『――速報です。先程、HLPD刑務所内で連続大量誘拐事件の主犯格として起訴されていたジェレミア・ベラトリーニ被告が遺体で発見されました。警察は他殺と見て、留置所内への侵入方法と犯人の捜査を進めています――……』

ギルダアヴェニューの交差点に位置するビルに設置された大きなテレビジョンにはニュースが流れている。しかし原稿を読み上げるアナウンサーの声は車達のエンジン音や人々の喧騒にかき消され、ほとんど意味を成していない。
そのビルの前を一台の宅配ピザ屋のバイクが通り過ぎた。

「何で!?何でこんな見りゃ分かるひとり乗りのバイクにタンデムなの!?バカなの!?」

ドギモピザの制服を着た少年、レオナルド・ウォッチはエンジン音に負けじと後ろに無理矢理乗り込んでいる銀髪の男に向けて声を張り上げる。
レオのもっともな言い分にザップ・レンフロは不服そうに下唇を尖らせた。
その下唇にちょっかいをかけようとしているのは半神召還事件をきっかけにレオに懐き、行動を共にするようになった音速猿のソニックだ。

「ウルセーなー仕方ねんだよ。こないだの事件で俺のランブレッタ修理中じゃんかよー、かと言ってパクって他のバイク乗るのもあれだろ、美しくねーだろ」
「何だよその他グダグダなくせに要所要所に出る美学!!」

その時会話に意識が集中していたレオは、突如現れた銃口に驚き反射的にハンドルを切る。
バイクの重心がほとんど傾きかけたが何とか体勢を立て直すと背後のポリスーツが「気をつけろ」と高圧的に指を指してきた。
理不尽な対応にすぐさま中指を立てたのは勿論ザップである。

「そっちがだ!!ボケ!!」
「わわわわ、刺激すんなって!!」

時給とHLでは比較的普通の仕事内容に釣られピザ屋の配達バイトを始めたは良いが、ここ数日はゆく先々で何故かザップが現れ何かとピザを強奪されたり足代わりに強引に二人乗りを強要されるなど…まさに踏んだり蹴ったりだった。
それに加えて先程は警察と事故を起こしかけ、今日はツイてないなとレオは溜息をつく。その時、突然ソニックが慌てた様子でレオの襟を後ろから勢いよく引っ張った。

「ぐえ!ちょ、ソニック!ギブ!ギブギブ!」
「おーおー小さきエテ公よ、そいつ死んじまうぞー交通事故より先に絞殺で。3カウントするか?」
「いやソニック止めてくださいよ!え!?何!?上!?」

ソニックは襟から手を離すとレオの前に回り込み両腕を必死に振り上げて上空を指さした。
バイクのルーフを避けて空を見上げると神々の義眼を持つレオの視界にはっきりと飛び込んできたのは、怪鳥とそれに鷲掴みされた名前。怪鳥の擬態能力など、義眼にとって機能していないに等しい。
鳥はレオから見ても分かるほどに疲弊しきっており見ていて可哀想に思う程弱々しい飛び方だ。

「えええええ!!??ニュースの鳥!?名前!?」
「おーおー見上げて喚いてどうした、情緒大丈夫…か…」

茶化し半分心配半分でルーフから顔を出し同じ方向を見上げたザップに視認出来たのは、突如現れた空に浮かぶ名前。ほぼ同時に上空の彼女と視線が合った。あいも変わらず無表情で焦りを微塵も感じさせない。しかも彼女に気付いているのはどうやら自分達だけらしい。
そんな彼女とは正反対に2人は冷や汗を垂らしながら一瞬の内に行動しなければと思考をフル回転させる。

「何でアイツ宙に浮いてんだよ!!」
「見えてないんすか!?鳥みたいな怪物に捕まってます!しかもソイツ今にも落ちそう!」
「鳥!?どこだよ!」
「今朝ニュースで言ってた擬態するやつっす!このままじゃ名前落ちるかも…!」
「クソ!一旦止まれ!」
「無理っすよこんな往来のど真ん中!名前受け止める前に俺らが事故って死ぬ!!」

言い終わらないうちにザップが血法を繰り出した瞬間。
鉤爪から開放された名前が真っ逆さまに落下した。擬態を視認出来ないザップにとっては、名前が突然落下したようにしか見えないが、流石にこの高さからの落下は彼女も無傷では済まない筈だ。それに彼女の血法は武器に出来る硬い性質への構築は可能だが、防御に転じる弾性や緩衝性がある性質へ構築出来るのかザップには分からなかった。

「だあああ!!取り敢えず減速しろ!!」

言われた通りレオはバイクを減速した。それを見計らいザップはバイクのルーフによじ登る。

「間に合えよ!!」

ザップは進路方向にある電柱数本に自らの血液を飛ばし、それを要に血液の網を形成する。弾力性のある血糸の網が名前を受け止めるべく張り巡らされた。
着地点、血糸の弾力性、そのどれもが彼の研ぎ澄まされた血法と判断力による賜物である。
数秒も経たないうちに、名前が血網に落下しポーンとまるでトランポリンに着地したように跳ねる。衝撃は血網と電柱に吸収され、体勢を立て直した名前はレオの乗るバイクの屋根の上へ軽やかに着地した。
名前は無表情ながらも申し訳なさそうに深々と頭を下げる。

「ありがとうございます、助かりました」
「オウコラふざけてんじゃねーぞロリセーラー!脳ミソふやけてんのか!」
「本当にすみません。…ところで」

名前はちらり、と屋根の下でバイクを運転するレオを見た。

「ザップさん、この間護衛は断「うううウルセーな!俺の行動範囲にたまたま偶然コイツが通ったんだよ!」
「いやいやいや何だか話がよく見えないけどさ!取り敢えず空から落下後にバイクの屋根の上で平然と会話続けるってアンタらバカなの!?」

レオの叫びは空しくも名前とザップには相手にされず。
ザップは一通り名前に悪態を吐いてから、屋根から降りて再びレオの後ろへ入り込む。窮屈な姿勢に顔をしかめたレオが屋根を見上げると、名前は名前で、何も言わずに屋根の上で膝を抱えて座っているらしかった。どうやらこのまま同行するつもりらしい。
彼女の脚が伸びるスカートから黒く短いスパッツが覗いていたのを少し残念に思ってしまった自分を戒めつつ。
「アンタ達どっちか降りろ、できればザップさん」とレオは言おうとしたが、後方車両の激しいクラクションに、仕方無く3人と一匹乗りで加速を始める。過積載のバイクはやはり鈍重で、思う様に加速しないバイクのハンドルを握りしめてレオは溜息をついてぼやいた。

「何なんだこの状況…」
「あ?ブツブツうるせえぞ…お。」

何かを発見したのか、ザップが横を向いた。ぶつりと皮膚が切られた彼の指先からは血糸が伸びる。
その先には、道路に落ちている1枚のコイン。
血糸はコインを器用に掴むとザップの手元へ引き戻された。手にしたコインを握り締めると、ザップは「へへ、もうけ」と嬉しそうに笑った。
交通量が多い中たった1枚の硬貨を見つける動体視力は流石だと言わざるをえないが、秘密結社のメンバーがそんなみみっちい事をするなよ、と彼の一連の行動を見ていた名前とレオは呆れた。

「ザップさん……」
「あーあー良いのかなぁ必殺能力そんな事に使って」
「バカおめえら、サムライだって包丁がなきゃ刀で大根斬るだろおめえら。ユーチューブで見たぞ俺は」
「いやそれはデモンストレーションだと思うんだけど…違うの名前!?」
「多分ザップさんが想像してるサムライ自体がデモンストレーションです」
「ぐぬぬぬぬ」

年下の少女にすっかり言い負かされたザップは歯ぎしりをして、先ほど拾ったコインをポケットに押し込んだ。

「……そういえば…その名前とザップさんの「血液を変幻自在に操る能力」って、クラウスさんの技と同じ種類ですよね」
「まあな。だけど旦那のは俺なんかよりよっぽどえげつないぜ。ある連中にとっちゃ最大の鬼門さ」
「ふうん」
「まあ俺達みたいなのは多かれ少なかれ「外」でも特殊な世界の所謂裏稼業を生業にしてたのが多いんだが、旦那はその中でもダントツだわな、ビックリすんぞ」
「ええ?何すかそれ!?…じゃあ名前もそうだったの!?」

信じられないとでも言いたげにレオが尋ねると、名前は一瞬表情を強張らせて、数秒考えてから口を開いた。

「………私は、」
「つーかよーお前もちょっとスピード出せやコノヤロー、ステファニーが機嫌損ねたらどうすんだよー」
「………………」

遮るようにザップの口から飛び出した言葉の内容に、名前は口を噤んだ。

「えええええ女のハシゴかよ信じらんねえ!!ほんとにさっきの女性といい「ちょ、ちょちょちょ、余計な事口走るなよ…!」
「いうんふぁあいっふぁんえしょ!?(自分から言ったんでしょ!?)」

ザップは慌ててレオの口を手で塞ぐが、時既に遅し、屋根の上の名前は変わらない無表情でザップを見つめていた。

「…ロリセーラー!今言った事は忘れろ!!」
「ザップさんの恋愛関係に私が口を出す筋合いは無いと思います」

名前としては女性関係が派手なザップへ気にしていないとフォローしたつもりだったのだが、ザップにとっては別に貴方のことなんて心底どうでも良いし恋愛対象として見ていませんから大丈夫です、ともとれる発言だった。

「………!!!!」

ザップ当人はショックの余りレオにしなだれかかっていた。
その様子からレオは「ああそういう事か」と納得し、「マジかよこの人わっかりやす!…てか名前キッツ!聞いてるこっちがキッツ…!!」とツッコんでしまいそうなのを必死に抑えながら背中のザップに注意を呼びかける。

「ちょっとザップさん、ちゃんと座って下さいよ!」
「うるへえ…」
「もー!!しっかりして下さい!…………!?」

その時、周囲が気付かない大きな違和感をレオの眼は捉えた。
周りの車両や人々はその"違和感"には目も向けず普通に通り過ぎている。
レオは反射的に目いっぱいブレーキを握りしめた。その反動でザップはフロントガラスにべったりと顔をぶつけ、ルーフ上の名前も危うくバランスを崩しかける。

「何だよ急に!!」

怒るザップの顔面からは鼻血が垂れている。
体勢を立て直した名前は、レオの只事ではなさそうな雰囲気を感じ取り冷静な口調で彼に尋ねた。

「どうしたの?」
「…名前!!ザップさん!!何すかアレ、何なんすか!?」
「…あァ!?」

動転しているレオの指と視線が示す先には、一台のトラック。
荷台にはアリスクロスと可愛らしいロゴがアルファベットで書かれている。恐らく洋服屋だろう。名前にはつい先日警察署に出向した際にもあれと同じトラックを見かけた覚えがあった。

「あのアリスクロスって書いてある車?」
「トラックじゃねーか。洋服屋の。」

名前とザップの言葉に、レオは驚いたように黙る。その顔はあまり良い色をしていない。

「そうすか。そう見えますか」

レオの言葉に、ザップと名前は怪訝な顔になる。

「―何だと?…まさかお前ーーー」
「そうですよ。全然違うものが見えてます」

―――妹、ミシェーラの視力を代償にレオに与えられた『神々の義眼』。
つい先日の半神召還事件でも邪神の繰り出す光速の斬撃を視る事さえ容易いその眼はレオに真実を映し出していた。

運び込まれている物は洋服ではない。そしてその先のトラックは普通の車両ではない。作業をしている男達は、人類ではない。
真空パックの様に保存された何十人もの人間。それらが精肉を出荷するように手際よく異形生物型の車両に積まれてゆく。積んでゆく男達は、異界人だ。

しかし、名前とザップの様子からして2人の目にはどれほど目を凝らしても、トラック・洋服・人間しか映っていないらしい。高度な幻術が使われているに違いない、とレオは判断した。
恐ろしい光景を目の当たりにして、レオが動けずに様子を見ていると、1人の異界人が振り向いた。

「あ」

空洞のようにぽっかりと暗い単眼が、確かにレオの姿を捉える。

「やべ…」

レオは急いでハンドルを切り返し、アクセルをかける。
定員オーバーの車体は鈍重ながらもすぐに混み合う道路に紛れ込み緩やかにスピードを上げ始めた。

「どうした?」
「見られました目が合いました、名前絶対振り向かないで」
「分かった」
「…普通のトラックしか見えない俺らからするとお前まるきしノイローゼだな」
「…うわあ…ムカツク…」
「まあとにかく、取り敢えずチェインに追わせるか」

ザップがスマートフォンを取り出しチェインの番号へ発信すると、2コール目が鳴っている途中でチェインが応答した。

『何!?死ぬ!?』
「死なねえよ」

中々に煽りの効いた応答に、ザップは珍しくつとめて冷静に返した。

「ギルダアヴェニュークリーニング屋前の2tハーフ追ってくれ。只のトラックに見えるが別モンらしい、レオにはそう見えてる」

加速を続けるバイクは、あのクリーニング屋の地点からすでに500m以上は距離ができていた。車が混み合っているせいで、名前は屋根から降りる事も出来ない為、追手が来ていないか後方車両へ意識を向ける。
チェインへの連絡は続いており、話の内容から彼女もどうやらレオが目撃した事をイマイチ信じきれていないらしい。

「高度な幻術使ってコソコソしてる段階でマックロだろ。…いや、そーじゃねーって。こころの病じゃねーよ。多分。…何だよお前酷いこと言うね。あっはっはっは。よせって、本人目の前にいるんだぞ、わはははははは」

チェインはおそらく本気で心配しているのだと思われるが、相手のザップが茶化しているせいでタチが悪い会話になっている。しかもザップの声が大きいせいでレオに一字一句漏らす事なく筒抜けだ。
苛立ちを隠せないレオの気持ちを感じ取ったのか、名前が屋根の上からレオに声をかけた

「レオ、気にしないでね」
「…ありがと名前」

そんなやり取りを交わした直後だった。
レオの眼にのみあの単眼の異界人が屋根のガラス上に振りかぶって現れた。
大胆且つ一瞬の攻撃が「見えていた」のはレオのみ。確実に頭部を狙っているその攻撃を避けようと、レオは首を反らした。
バイクの屋根などものともせず斬り飛ばされ、その上に座っていた名前も当然放り出された。そしてレオが首を反らしたためにレオより背が高いザップの腹部に異界人の刀が直撃する。
路上で弧を描く名前の視界に映ったのは、自分と同じく車体から投げ出され、更に血を吐き腹部部分の白いジャケットを真っ赤に染めているザップだった。
危機的状況から来る脳の誤作動だろうか。
名前の目には夢の女性がフラッシュバックし、地面に落下してゆく彼の動きがスローモーションに映った。

早く助けなければ、手を伸ばさなければ、指腹を裂いて血法を使わなければ。

「ザップさん……!!」

しかし、困惑のせいかそれとも恐怖のせいなのか、はたまた、違う何かかのせいなのか。
彼女の意思と反し頑として四肢は強張り動かせない。
ただただ悔しさばかりが募り落下を待つばかりの彼女と、ザップの視線がまぐわう。
顔を歪めたザップがこちらへ向かって手を伸ばし、名前の腕を確かに掴み引き寄せた。
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