ハイライトの煙草 (2/7)
「ハイライト二つ。」
口にしてから、あれ?と自分でも首を傾げてしまった。私煙草なんて吸わないのにどうして煙草屋に来て煙草なんて買おうとしてるのかしら。
暫く思い悩んでいると煙草屋のおばちゃんのわざとらしい咳払いが聞こえて我に返ると見慣れた青いパッケージが二つ置いてあり、結局マッチも合わせて購入してしまった。
真っ昼間の往来は行き交う人が少なく群青色の空が鮮やかに拓けて見えて何処までも歩いて行ける気がした。
行く宛ても無かったので買った煙草の口を切って一本取り出し火を着けると慣れない煙が肺を満たして案の定盛大に噎せた。
二口目を吸ったところで懐かしい味がした。何処かで味わったことのある苦くて胸が締め付けられる味。
煙を吐き出すと懐かしい香りがした。ずっと前に嗅いだことのある大好きな匂い。
思いだいてしまったんだ。あの子のことを、
どうして今まで忘れていたんだろう?
あれはいつのことだっただろう?
そうだ、二年前のこと。
名前は?どんな声でどんな顔?
名前は赤木しげる。同い年の男の子で同じ中学校に通ってた。顔は思い出せない。
その時私は、どうして自分が今日こんな奇怪な行動をとったのか解ってしまった。
無意識に捜していたんだ。目が耳が肌が、
思い出せないほどいつも私の心の片隅に立っていたあの男の子のことを
左目から涙がポロリと流れていった。
あれは夏のことだったろうか?秋だったのか、それとも春か。
じりじりと焼けつくような日差しと制服が汗ばんだ肌にまとわりつく感覚を覚えていたからきっと夏のことだったはず
あんなにも暑くて今にも倒れそうだったのに頬に触れたしげるの指先はとても冷たかった。
夏に似つかわしくない子供だった。
左手でハイライトの煙草を吸って薄い唇から煙を漏らした後でキスをしたんだ。ほろ苦くて妙に切なくなって涙が出そうだったんだ。
手に持つ煙草の半分ほどが燃え尽きてしまったあと、私ははっと我に返った。
捜そう。この匂いや美味しくもない煙の味だけでどうしてこんなにも切なくなるのか彼に会えばそれが解るのかもしれない。
そうして私は三口目の煙を吸った。
それが私の喫煙者になったきっかけだった。
空が何処までも澄み渡った午後のことだ。
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