暗闇の中の茶色



「おめでとう。」
真っ暗な部屋の中でシズちゃんが俺を至近距離で見つめて、おめでとうと言った。
0時10分のことだった。おめでとうの言葉は、本日二回目だった。
何故だかお祝いの言葉を言ったシズちゃん自身がすごく嬉しそうにしていて、何故だか俺は、それがすごくすごく嬉しかった。



「予算がキツイならさ、飛行機代くらい俺が出したのに。」
 5月3日 午後12時過ぎ 静岡行きの新幹線指定席窓際にて
左隣の座席に座っている金髪長身男に話しかける。
「…それじゃあ意味ねえだろ。」
言ってる意味がよく分からないが…まあこの際それは置いておいて。
どうか皆。驚くなとは言わないから聞いてほしい。
…驚くことに、この新幹線の交通費や今日から二泊三日で宿泊する旅館の宿泊費等。この旅行の費用は全て…そう全て、俺のぶんも、今隣に座っている金髪長身美形男持ちなのだ。
しかも、今日は新宿の俺の自宅兼事務所までドアを壊すことなく(ここ重要)迎えに来てくれて、電車代も出してくれて、新幹線も旅館も全てシズちゃんが予約をしてくれていた。
静岡ということは大人気の伊豆の温泉に行くわけで、5月3日ということはGWの最初の日なわけで、新幹線も旅館も、予約殺到するのは当たり前なわけで…
それなのに新幹線の席は別々に乗る羽目になることもなくきちんと隣で、予約したと聞いた旅館は大変評判の良い有名な旅館だった。
これだけでも十分度肝を抜かれるというのに、この隣に座っている金髪長身ryの今日の服装は、パーカーとジーンズという見慣れないが大変シンプルな格好をしていて、俺が自宅兼事務所でこの隣に座っているry――つまりはシズちゃんをモニター越しに見た時、一瞬で高スペックを誇る俺のこの頭脳がわけがわからなさすぎて完全停止する程、驚かされた。
それはいつものバーテン服では目立ということでツレの俺への配慮か、ただ自分が目立ちたくないのか…。
まあつまるところはどちらなのかは分かっていないのだがシズちゃんは、今日は大好きな弟君から貰った大切なバーテン服ではなく、恐らく今日のためにわざわざ買ったのだろう服を、着ていた。

「(俺って、愛されてるのかな)」
昼食に、とシズちゃんから渡された手作りのお弁当とお箸を受け取りながら、考えた。
俺達の仲の悪さを知る池袋住民がこれ知ると、それこそ皆驚きすぎて顔を真っ青にしてぶっ倒れて、生と死の狭間の世界で迷子になりそうなことなのだが…あえてここで言わせてもらおう。
――俺、折原臨也と彼、平和島静雄は、付き合っていると!!!
      しかも、高校からそういう関係であったのだと!!!――
「――…」
まあでも正直。
喧嘩という殺し合いはいつも本気だし、恋人みたいなことは殆どしてこなかったし、いやというか寧ろ喧嘩>>>恋人っぽいこと、だし。
デートなんてしたことないし、手なんて数回しか握ったことないし、キスなんてシズちゃんの気まぐれでされるだけだし。
肉体的に繋がったのは高校生の時に一回だけで、それ以降は一回もしてない。
「…おいしい」
不恰好な卵焼きを頬張ると、優しい味がした。
シズちゃんは俺のことをどう思ってるのだろうか。いや、憎んでるのは確実なんだけどね。
俺は、シズちゃんが好きだ。愛してる。
それはもう、冗談に見せかけて「恋人になってあげようか?」などと本当は本気で言って、例え無言でも付き合うという意思表示で頷かれて、それが嬉しくて信じられなくてシズちゃんの前だと言うのについつい泣いちゃうくらいには、俺はシズちゃんに惚れ込んでる。
「温泉、楽しみだな。」
「…うん。」
シズちゃんの作ったお弁当を特に褒めちぎることもなく黙々と静かに食べる俺を、シズちゃんは幸せそうに笑って見ていた。
シズちゃんは俺のことを好きでいてくれているのだろうか。
どうして、俺と二人で温泉になんか行ってくれるのだろうか。
…どうして、そんなに風に俺に笑いかけるのだろうか。
俺と一緒に居て、君は幸福を感じれるのだろうか?



「それでは、ごゆっくりどうぞ。」

「――あれ?シズちゃん?」
予約していた客室へと案内してくれた仲居さんに笑って会釈をして、これからどう行動するかを決めるめたに後ろにいる筈のシズちゃんと話をしようと振り返るが、そこには誰も居らず、見渡した部屋の隅に二人分の荷物が置いてあるだけだった。
「…?」
キョロキョロと室内を見渡し、シズちゃんの姿を探すがやはりいない。
部屋から出たとも考えられないから…風呂場でも行ったのだろうか?
――あ。あんなところに。
仕方ないので風呂場まで足を運ぼうとして振り向いた瞬間、視界の端に金色が映り込んできた。
何故だか窓の外に立っていたシズちゃんの元へ向かおうとすぐに進む向きを変え、再び足を進める。
「ん。臨也、こっちこい。」
足音か気配かはたまた匂いとか言うヤツのせいでか、たった三歩歩いただけでシズちゃんは俺が近づいて来ているのに気付いて、半身だけ振り向いて手招きをした。
もう慣れているとは言え少し驚いてしまった俺は足を止めてしまっていて、再び俺に背を向けたシズちゃんを見て我に帰りまた歩みを進める。
少し開いたままになっている窓に手をかけ開いて敷居を跨ぎ、床に置かれているスリッパに足を突っ込むと室内から屋外に出た。
どうやらベランダのようだ。
「…わあ…露天風呂ついてるんだ…」
「すげえだろ。」
シズちゃんの横に立ってシズちゃんが見ていたものに視線を向けるとそこには、少しサイズが小さめとは言え成人男性が二人入っても窮屈ではない大きさの露天風呂があった。
シズちゃんを見ると、口元に弧を描きながら自慢げに頷いていた。
それを見て、「…そうだ、ここはシズちゃんが選んだんだった。」と、分かりきっていたことを思い出した。
「…」
シズちゃんに向けていた視線を、もう一度露天風呂へと向ける。
…高かった、だろうなあ…。
この旅館は普通の客室でも結構値が張るのに、それにも拘らずもっと高い露天風呂付きの部屋を予約してくれたシズちゃんに、どこか申し訳ない気持ちになる。
しかも、自分よりも金銭的に余裕のある俺の分も払ったのだ。宿泊費用だけではなく交通費も。
――何でシズちゃんはまるで当たり前だと言うように全額自分が出すと決めていて、実際にそうしたのだろうか。
まだお湯の張られてない露天風呂を見つめこんなにも張り切ってるのシズちゃんが何故そんなにも張り切っているのかを考えたが、結局何もわからなかった。


「うわあ美味しそう!シズちゃん鍋だよ!鍋だよ鍋!」
「ああ、そうだな。」
鍋に大喜びして鍋らぶ!などと叫ぶ俺に、シズちゃんは怒らないどころか、苛立った様子もなくうっすらと笑みを浮かべて静かに頷いた。
そんなシズちゃんに俺は拍子抜けしたが、こんなのも悪くないかな、と思った。
正直言うとすごくすごく嬉しかった。
今日はシズちゃん、全然、一回も、怒ってないのだ。
今日のシズちゃんはまるで、俺と過ごす時間を楽しんでるように、俺と過ごすことで幸福を感じているように、ただ俺を見て、笑っていた。
何でシズちゃんが今日よりによって嫌いな筈の俺だけを誘ったのか、何で今年のこのGWだったのか、何でこんなに幸せそうにしているのか、
やっぱり考えても俺にはわからなかったが、でも、それでも、嬉しかったんだ。
「すんません。」
料理を運び終え、下がろうとしていた仲居さんをシズちゃんが呼び止めた。
さあ食べよう!と箸を手に取った俺も、そちらに顔を向ける。
「これ食べ終わったら、すぐ布団敷いてもらっていいっすか。」
「え。」
驚いたのは仲居さんじゃなくて、俺だ。
その言葉を聞く限りすぐ寝たい様子のシズちゃんを見て、意味がわからず硬直する。
畏まりました。と丁寧に言って、部屋を出て行った仲居さんがパタンとドアを閉める音を聞いてようやく我に帰り、ポカーンと開けていた口を動かしはじめる。
「え、シズちゃん今7時だよ?そんなに早く寝るつもりなの?」
「眠いままじゃ台無しだろ?」
「…はあ…?」
何が台無しなんだろうか。
それを問いかけようとした俺だったが、「いただきます」と手を合わせて言ったシズちゃんを見て俺も慌てて同じように手を合わせていただきますをし、とりあえず豪華な料理に舌鼓を打った。
最初は意味がわからなくてモヤモヤしてたけど、俺を見て笑うシズちゃんを見ていると次第にそんなことどうでも良くなって、気がつけば俺も笑っていた。
シズちゃんと一緒に来て、よかった。
そう、思った。




「……出たよ」
楽しい食事の雰囲気とは一変。
風呂から出た俺はほこほこと湯気を出しながら、不機嫌な声を出した。
シズちゃんはそれを気にすることなく、ああ。とだけ答えてさっきまで俺の入っていた…なんの面白味もない、部屋についている風呂に向かった。
そう、露天風呂じゃない方の風呂だ。
「……」
意味わかんない。
なんで温泉旅行に来てまで、バスタブの風呂に入らなきゃいけないのさ。
温泉入ろうよ。…温泉入ろうよ!
 バサッ
俺がお風呂に入っていた間に敷かれただろう二つの布団の内、枕を上にして右の布団の掛け布団を、着ている浴衣が着崩れるのも構わずに蹴って乱暴に捲った。
もういい寝る。頭乾いてないけど、寝る。明日ぐちゃぐちゃになっても知らない。
もういい、寝る。
「…明日も、こんな感じで意味わかんないことしたら、途中で帰ってやる。」
布団に潜り込んで、再びふつふつと湧き上がってきた怒りをなんとか自分で自制しながら布団を頭までかぶり、小さく呟いた。

「――臨也?…寝たのか…?」
それから10分程が経ち、先程の臨也と同じくほこほこと湯気を出しながら入浴を終えた静雄がこんもりと盛り上がっている右側の布団を目に入れて、首を傾げた。
「……ん、」
 ――すう、すう
近寄ってしゃがみこみ、耳を澄ませば小さな寝息が聞こえてきた。
このままにしておくと布団で窒息する可能性もあるので首辺りまで布団を捲ったが、そうすると電気が眩しいのか臨也は顔を顰めた。
「んー…」
「――あ。…チッ」
幸い起こすことはなかったが静雄が見入っていた臨也の寝顔は、眩しさから逃れるためか枕に埋められてしまった。
「…ったく。これじゃあ布団捲った意味なくなるじゃねえかよ、いーざやくーん?」
枕に口つけてたら息できないのではないかと思案する静雄に対し、臨也はもごもごと意味のわからない、寧ろ意味の無いかもしれない言葉を繰り返した。
「…しずちゃ…」
ぎゅう、っと枕を抱きしめて、枕に頬ずりをして、臨也は静雄のことを呼んだ。
「――…、」
それを聞いて、静雄の顔はみるみる緩んでいく。
まあ、喋るスペースがあるってことはとりあえず大丈夫か。
そう自分を心の中で言い包めた静雄は、起さずにそっとしとこうと考え至った。
「臨也。」
「し、ちゃ…」
やはり先程のは呼ばれたからの返事だったのか、再び静雄が臨也のことを呼べば、臨也も静雄のことを呼んだ。
「おやすみ、臨也。」
 ちゅ、
臨也のわずかに湿っている旋毛へと口付けを落として、静雄は自分の布団に潜り込んだ。
「、き――」
臨也が寝言で「好き」と呟いた言葉やだらしなく緩んだ顔は、枕に埋められている顔のせいで、残念ながら静雄に届くことはなかった。


 
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