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9回の裏は、1番の真柴からである。ここで阿部はまっすぐを要求するが、三橋としては変化球で逃げたいというのが本心だった。それがわかった阿部は一球だけシュートを要求した。だがそれは見事にバントされ、ランナーが出てしまった。
「三橋君……!!!!」
崩れる三橋。だがそんな三橋に何も言ってあげることができない。名前はただただ選手達を見守ることしかできない自分を、腹立だしく思った。
お願い、頑張って…あと少しだから…っ
固く手を握り目を閉じた。するとマウンドから阿部の大きな声が聞こえる。
「投げらんねぇなら沖にでも花井にでもマウンド譲れ!!!!」
その瞬間に慌ててベンチを見る三橋。監督は阿部が替える気がないのをわかった上で頭を縦に振った。それを見て三橋はゆっくり立ち上がった。ゆっくりと、ゆっくりと…だが目はちゃんと定まったようだ。
一死二塁の状態でバッターは3番の島崎。もうこの状態ではまっすぐを投げるしか手はない。まっすぐが一番安全なのだ。
そうして投げたストレート。まだ捉えられてない…そう思ったのに。
島崎はストレートを捉え、島崎は一塁、真柴は三塁まで回ってしまった。次は4番なのに……三橋の表情が固くなる。
「あと1人…」
名前はジッと阿部を見て、三橋を見た。声をかけたい…気持ちを伝えたい…そんな気持ちが溢れてきて、だけどそれができる立場にいない自分にまたもや絶望した。
だがその時。
「さーこい、バッチこい!!」
栄口の声だった。その後に田島も続く。
「おー、サードこいよ!」
「ピッチャー打たせろ!」
と巣山。
「水谷!捕ったら4つだぞ!」
「おお!」
泉に水谷。
そして最後に、花井だった。
「三橋!!あとのことはまかして、お前の一番いい球投げろ!!お前の投げる球なら誰も文句ねぇから!!!!」
三橋は驚いた表情で後ろを振り返った。どうして俺なんかにそんなこと言ってくれるんだ…?三橋は不思議に思いながら、ボールを投げた。
キンッ…
ボールはセンター前まで飛んだ。それを泉はノーバンで捕り、ツーアウト。そうしてそのボールは花井へと渡り、それを勢いよくホームに投げた。それと同時にランナーが突っ込んできた。どっちだ…一体どっちが…。
「アウトー!!!!!!」
審判のコールがマウンドに響いた。
勝った…勝利した…西浦が勝ったのだ。
「やった、勝った!勝ったよ名前ちゃん!」
「うん、やったね!」
篠岡が抱き着いてきたのにしっかり応えながら名前はじんわりと瞳を濡らした。
「はい、親指上に…。うん、肩も肘も問題ないみたいね」
「じゃあダウンするか」
試合後、三橋の状態を見るために外のベンチに名前たちは来ていた。幸い可動域には問題なく、一安心といったところだ。だが当の本人はもうすでに熟睡していて、とてもダウンできる状態ではない。
「この熟睡は技だなー」
田島が何度も呼びかけるが全く起きる気配はない。仕方がないので阿部と田島で三橋を運んでしまうことになった。
「三橋君ダウンしないで帰ったけど平気かなー…明日来るかな?学校」
「さぁな、もしかしたら熱出すかもって監督は言ってたぞ」
「だよね」
その日の帰り道。いつもより若干早い時間帯を阿部と名前は自転車で帰っていた。しばらくして、名前の家にたどり着いた2人は一旦自転車を降り、玄関先の門の所で向き合っていた。
「今日はお疲れ様。初戦突破おめでと」
「…他人事みたいに言うなよ。お前だって西浦の一員だろ」
「でも私…何もできなくて…」
「んなことねーよ。十分役にたったじゃねーか」
「ホントに?」
「ああ」
「ふふ、ありがと…隆也」
名前は阿部の肩に手を置き、精一杯背伸びをしながら唇を阿部のもとへと寄せた。そして数秒間の軽いキス。
「お、名前からするのって初めてだな」
「そうだっけ?ま、ご褒美ご褒美」
「ご褒美ならもっと深いのを…」
「やだよ」
「いーじゃん、別に」
「あっ…や、だーめー」
迫ってくる阿部を必死で避けようとするが、腰をきっちり捕まえられてなかなか離れられない。あぁ…もうダメだ…そう思った時、後ろからある声が聞こえた。
「はい、ちょっとストップー」
「わ、お母さん」
後ろに立っていたのは名前の母親、百合だった。
「そこでイチャイチャするのはいいけど、いい加減家に入って来てよね。みんなお祝いするために待ってるのよ!」
「お祝い…?」
阿部が首を傾げる。
「そっ、初戦突破のお祝い」
そう言って百合はウインクした。そして家の中へと入っていってしまったので、名前達は慌てて後を着いて行った。
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