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開会式



全国高等学校野球選手権埼玉大会開会式。今日からいよいよ夏大が開幕する。





「あ、せんぱーい!」
「しのーかー!名字ー!久しぶり!」

会場の空いている席を篠岡と探し回っていたら、中学の頃の先輩を見つけた。名前たちは早速その先輩の横へと移動して一息つく。

「しのーかは焼けたねぇ。名字は相変わらず白いなー。一体どうやったらそんなに白くなんの?私日焼け止めいくら塗っても全然おっつかなくてさー」
「私そんなに白いですか?普通に日焼け止め塗ってるだけですよ?」
「うっわー、いいよねぇなかなか焼けない奴はさぁ」

実際、名前はあまり日に焼けることはなく、かといって肌が弱いわけでもなかった。恐らく体質的に焼けにくいのだろう。


「…で、そろそろ本命決まる頃だよね?どーなの?しのーか」
「え、な、なんすかっ」

あまりにも唐突にそう問い掛けた先輩は、随分と悪い顔をしていた。普段野球部員を絡めての恋話などしない篠岡にとっては、少々ハードルの高い質問である。

「いーじゃん。聞いたって別にふーんって思うだけなんだからさ。ね、カッコイイ?」
「や、みんなカッコイイし…」
「またいいこちゃんぶってー!」
「だってホントなんですってば!」

ハッキリと答えを出さずに照れている篠岡の頬を両側から緩く引っ張りながら、先輩は不意に隣の名前に矛先を転じた。

「つか名字はどうなのさ。阿部と付き合ってるんだって?」
「えっ、どこでそれを…」
「抽選会の時にしのーかに聞いた」
「あ、なるほど」
「いつから付き合ってたの?私知らなかったよ」
「中三の春くらいですね」
「あー…そりゃ知らないわ」
「先輩、もう卒業されてましたからね。というか隆也の事も知ってるんですね」
「んー、まぁちょっとだけね。中学は部活じゃなくてシニアでやってたみたいだから喋った事もないし顔見たのも二回くらいだけど、名前との会話で何回か名前出てたから」
「そうでしたっけ…?」

あまりピンとはきていないのか小首を傾げる名前に、先輩は「そうだよ!」と強気で返す。確かに、あの頃はシニアの人達とも随分打ち解けて楽しい盛りだった記憶はあるが、学校でもそんなに話をしていたかは記憶が曖昧であった。

そこまで話した所で軽快な音楽が響き渡り、開幕を告げるアナウンスが流れ始める。いよいよスタートするのかと、名前は人知れず胸の前で強く拳を握って皆の健闘を祈った。







「花井ー、俺達ちょっとミーティング入っていい?」
「三橋と?」
「おー」
「いいぞ、もうグラ整だけだし」

開会式後学校へ戻り、いつも通りの練習を済ませた。その後のグラウンド整備の時間を利用して、阿部は明日の桐青戦に向けての最終的な打ち合わせを行おうとトンボを取りに向かっていた三橋を捕まえて、主将へ申し出た。許可を貰い、明るいベンチの所へ引っ張って腰を下ろす。しかし向かいに座った投手は、妙な事にベンチの上に正座をして、これまた妙に体をブルブルと震えさせて俯いている。
(正座…?)
と、そんなチームメイトを訝しげに見つめながらも気にするだけ無駄かと、当初の目的通り資料を見ながら阿部は説明を始めた。

「まず、打者ごとの攻め方を一応説明しとくな」

まだそう荒っぽい口調でも無かったにも関わらず、その一言に三橋は大袈裟なほど肩を跳ねさせて目線をキョロキョロさせた。

「……一応聞くけど、覚えてきたんだよな?このデータ」
「っ、あ、の…いや…えっと」
「はぁ!?渡してから時間あっただろーが。ったく…待っててやるから、今から覚えろ」

段々と口調が荒くなっていく阿部に対し、どんどん三橋の背中が小さくなっていく様に周りはグラウンド整備どころでは無くなっていた。間に入ってやりたいが、そうすると余計に拗れそうで中々勇気が出ない。そんな時だった。本当にちょうど良いタイミングで今この状況に最適の人物が側を通ったのだ。

「ちょ、名字!来て来て!」
「何?巣山君、栄口君」
「アレ、ちょっと助けに行った方が良くない?」

二人に手招きをされて名前は疑問符を浮かべながら側によると、すぐさまグイ、と二人の前に体を押されてしまった。

「えっ、私?」
「そうだよ。あの空気に入れるのは名字しかいないよ」
「えー…やだなぁ」
「そう言わず!頑張れ!」

巣山と栄口に背中を押され、名前は渋々二人の仲裁に入るべく足を進めた。




「ねぇ」
「あ゙ぁ゙!?」
「抑えて抑えて」
「俺ァこれでも必死だぞ」
「それはわかるけど…三橋君ビックリしてるから」

目線の先にはさっきよりも身体を丸めている三橋がいた。阿部の様子を伺うように、とても遠慮がちにチラチラと視線を送る姿はなんともいたたまれない。青筋を浮かべて拳を握る阿部にどうどう、と軽く肩を叩きながら名前の中で必死に言葉を探していると、徐にというよりは勇気を振り絞ってようやく三橋が口を開いた。

「お、お、れは…阿部君、が構えたトコ、投げる…だけ、だから…」

今にも消えてしまいそうな声色であったが、でもしっかりとした意志を持った言葉だった。

「そうだとしても!」
「……?」
「レギュラーの得意コースと不得意コースだけでも把握してくんなきゃ打ち合わせが虚しいんだよ!10分で覚えろ!ヨーイ……」

阿部はそれだけ言い終わるとストップウォッチのスイッチを押した。三橋は半泣きになりながら慌てて紙を掴むと、必死で頭に叩き込むために名前とコースを音読していく。名前はこのまま阿部が目の前に座っていては変にプレッシャーになるのではとなんとかそう言いくるめて、少しの間だけ少し離れた所から二人で三橋を見守る事にした。

「…改めて言われると嬉しいもんだな」
「信頼してるんだよ。でも、今の状況のままじゃまだダメだと思う」
「それもわかってる。その責任から逃げる訳じゃねぇけど…アイツは榛名じゃねぇんだって最近少しずつ思えるようになってきた」
「…そう」

どうやら少しずつ変化はしていっているようだ。名前はいまだハラハラとこちらの様子を伺っている栄口達に向けて「もう心配要らない」という意味を含んだ目線を送ってから、隣の男を見上げると不意に目線同士が絡み合った。

「どうかした?」
「いや、今日は大丈夫なのかなと思って」
「え、何が…」
「お前、開会式の前日スゲー情緒不安定になってただろ?明日は遂に本番なのに大丈夫なのかって思ったんだよ」
「…あ、そうだったね。ごめん、今日は大丈夫。というか今日からはもう大丈夫だと思う」
「ならいいけど」
「ありがとうね」
「おー」

意識がまた三橋へ戻ったのか視線の絡まなくなった阿部の背中に笑いかけると、後ろ手でひらりと返事が返ってきた。



さぁ、明日からはいよいよ桐青戦である。



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