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家族



「名前、鍵は?」
「ん……はい」


玄関の前で、阿部に促され名前は鞄の中から鍵を取り出して扉を開けるとパタパタと音をたてて名前の母親、百合が出迎えてくれた。

「お帰りなさい…ってどうしたの?」

阿部に背負われている我が子を見つけ、首を傾げる。

「アレっすよ。こいつ今日、薬忘れたみたいで…」
「あら、そうなの?じゃあ、薬取ってくるから…悪いんだけど名前を部屋まで運んでもらっていい?」
「了解です」

阿部は母親が薬を取りに行ったのを確認すると、靴を脱ぎ、二階にある名前の部屋へと向かった。



部屋へと入るとそのまま名前をベッドに寝かせた。出来るだけ身体に負担がかからないようにゆっくりと降ろす。

「大丈夫か?」
「うん…」

この歳になって、背負われて帰ってくるとはなんて情けない状態だろうかと、己の用意の悪さに嫌気がさしながら、阿部のいつになく優しい言動に痛みも相俟って泣きそうになった。そんな名前の表情をみて、そこまで辛いのかと勘違いした阿部は代わってやれない事を腹立たしく思いながら、何もしないよりはと恐る恐る腰を摩る。
そうこうしていると、二回のノックと共に百合が部屋へと入ってきた。だが不思議なことに手には何も持っていない。どうしたんだとでも言いたげな阿部の表情を見て、慌てて百合はわけを話す。

「あのね、薬、丁度切れちゃったみたいなの。私もう少ししたら仕事に行く時間になるから仕事場から貰ってくるわ。それまで名前のことお願いしていい?」
「じゃあ…今日泊まっていいすか?」
「もちろん。あ、練習着洗濯しといてあげようか?そしたら明日着れるでしょ」
「いや、大丈夫っすよ。取り敢えず明日の授業の準備しに一旦家に帰るからそんときに家の洗濯機にぶちこんできます」
「そっか、わかったわ。じゃあ…今日よろしくね」
「はい」

話が終わり、百合は下に降りて行った。それから間もなく阿部も自分の家へ戻るべく、立ち上がる。

「俺、一旦帰るわ」
「うん…ごめんね、迷惑かけて」
「別に大丈夫だよ」

阿部は名前の頭を優しく撫でて、部屋をあとにした。






それからしばらくして、阿部が名前の家へと戻って来た。阿部はインターホンを押そうと指を伸ばしたが、押すよりも早く仕事モードの百合が扉を開けた。

「あ、ちょうど良かった!今仕事に行くとこだったの」
「今日少し早いんすね」
「うん、ちょっと今日だけって頼まれてね…夕食、用意しといたからよかったら食べて!」
「どうもっす。おば…百合さんも仕事頑張ってください」
「ありがと!」


百合の仕事は大体21時から朝方までだ。看護師で、たまに変則的なシフトになる事もあるが基本は今は夜勤で働いている。「薬を貰ってくる」というのは、市販の薬では効かない名前の為に百合の職場で毎回購入をしているという事だ。








阿部はそのまま二階へと上がり、部屋に入った。名前は腰に何かを敷いて目を閉じている。

「何敷いてんだ?」

部屋に入ってそうそう、不思議そうな顔を向けてくる男に対し、名前はゆっくり瞼を上げて小さくこたえた。

「ゆたんぽ」
「あー、成る程。あ、そういや今日琴乃さんは?居ねぇの?」
「うん…隆司さんのとこ泊まるって」
「お前の姉ちゃんはほんと家にいること少ねぇんだな。もう結婚しちまえばいいのに」
「私もそう思って…言ってみたんだけど…私が自立するまではしないんだって…」
「はぁ?何で」
「結婚するとなれば…色々とお金かかるでしょ?…別に…式場代とかが出せないってわけじゃ…ないんだけど…やっぱり…私が自立するまでは…支えていたいんだって…」

それだけ言うと、名前はまた目を閉じた。

「優しいな、お前の姉ちゃんは」

阿部は名前に向かってポツリと呟く。名前はできる限り大きく頭を縦に上下させた。

「さてと、俺は飯食うけどお前はどうする?」
「あんまり…食べたくはないけど…食べなきゃダメだよね」
「そりゃそうだろうな。じゃあ…ここに運んできてやるからお前はここで食え」

阿部は踵を返し、部屋を出ようとした。だが裾を引っ張られてこれ以上進むことができない。確かに弱々しい力ではあるが、必死さは伝わってきた。だからこそ阿部は立ち止まり、後ろを向く。


「…何だ?」
「隆也も…一緒に食べよ」

どうやら一人で食べるのが心細いようだ。阿部は普段見れないものを見れて驚きつつも、しょうがないなと了解した。

「いつもそんなだったら可愛いのにな」
「どういうことよ…」
「んにゃ、何でもない」

阿部はいつもの悪い笑みを残して下へ降りて行った。







食事が終わり、阿部は布団を敷いて名前のゆたんぽのお湯を新しく変えた。

「ありがと…もう寝る?」
「ん?もう寝るよ。やること終わったし」

床に敷かれた布団の上に腰を下ろし、名前のベッドを背もたれにしながら携帯を弄っている阿部。 効果はあまり期待できなかったが、食事の後一応用意されていた市販の薬を飲み、湯たんぽの他にも腰回りを重点的に温めている為かやや痛みがマシになった名前は、唐突に少し構って欲しくなり、阿部の後ろ髪をくるくると指で遊んだ。
阿部は初め気にする素振りも見せなかったが、暫くすると徐に携帯を閉じて呆れた顔で振り返る。

「なんだよ」
「構って」
「んな状態で何しようってんだよ。さっさと寝ろ、辛ェんだろ」

そう言ってパチンと部屋の照明を消された。確かに、何をするかと言われれば特に何も思い浮かばない。だが、何もしないならしないで今身体を襲っている鈍痛の事で頭がいっぱいになり、余計に痛みを感じてしまうのだ。

「気を紛らわせたい」
「…なる程」

名前の訴えんとする事が理解出来たらしい阿部は、少し悩んだ素振りを見せてそっと薄い腹を撫でた。腰程ではないが薄ら痛みを感じる為腹にもホッカイロが乗っている。それを包み込むようにして上からゆっくり撫でる大きな手に心地良さを感じていると、ポツリと阿部が苦々しい顔で呟いた。

「つっても俺、こういう時何すりゃいいのかわかんねぇし…朗読でもしてやろうか?」

冗談なのか本気なのかわからないが、全く彼らしいと、つい可笑しくなって笑ってしまう。

「何それ、将来の為に練習でも兼ねてるの?」
「どういう意味だよ」
「ううん。ごめん、ありがとう」

自分の腹に乗っている手にそっと己の手を重ね、軽く指を絡ませるとそのまま剥がした。

「もう大丈夫。寝よう」
「平気か」
「うん、お休みなさい」
「何かあったらすぐ起こしていいから」

心配気に、名残惜しげに絡ませていた指を解き、阿部は自分の布団へ潜り込んだ。

「おやすみ」

彼の穏やかな声に誘われるように、名前は想像していたよりも早く眠りにつく事が出来た。



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