×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

とある一面



「さて、うちもだいぶチームとして形になってきたけど勝ち上がるためにはまだ足りないものがあるよね。まず、何が欲しい?」

榛名の試合を見に行ったその日の午後一発目、監督が一つ話題を持ち出した。するとすかさず阿部が「もう一人投手が欲しい」と挙手をして発言した。その台詞に人一倍反応を示した者がいる。投手の三橋だ。自分は駄目な投手であると常日頃から考えている三橋にとって、もう一人投手が同じチームにいるとマウンドを取られてしまうという考えに至るのは必定であった。そして阿部の提案に対して監督も賛成したものだから、三橋は遂に泣き出してしまった。周りはそんな三橋の様子に驚きつつも、なんとか彼の心情を察して慰め始める。だが、なかなか事態は好転せず、結局田島のおかげで納得するまでに至り、その場はおさめられた。

ここでようやく投手決めを行える状況になった。プロフィールに基づいてまず花井が呼ばれ、後は左利きの沖。話し合いの結果この二人で一試合こなそうということになったのだが、そうすると、自然にもう一人捕手が必要になってくる。あげられたのが田島だったのだがあまり興味がなさそうで、やってくれそうな雰囲気ではない。さてどうするかと周りが思案していた所で、監督から声がかかった。上手い具合に田島を丸め込み、あっという間に田島をその気にさせてしまったのだ。
これで決まった。皆は口に出す事はしなかったが、内心田島が単純で良かったとほっとしているのだった。

「さぁ夏まで時間がないよ。ベストで夏を迎えられるように気合い入れて行こう!」

ドンと胸を張り、監督が一声かける。それから一人二つ以上のポジションで練習が始まったのだが、名前は一人、ある不安を抱えていた。野球に関してではない。
どうにも身体の調子が悪いのだ。悪い予感が的中しなければいいが。そう思うのだが、その思いとは裏腹に身体の具合は段々と悪くなっていた。

そして完璧にヤバいと思ったのがみんながダウンを終えた直後だった。

「千代ちゃんごめん!ちょっとトイレ行ってくる…」
「うん、わかった。大丈夫?」
「たぶん……」

名前はよろよろと立ち上がり、校舎の方にある洗面所へと向かった。

トイレの個室に入り、名前は心配していたことを一目散に確認した。

「あーあ。始まっちゃった…」

予想は的中。もうそろそろだとは思っていたが、まさか今日だとは思わなかった。名前は一応準備していたものをポケットから取り出したのだが、一つ重要な忘れ物をしていることに気がついた。

「…どうしよう、薬忘れた」

名前はその場で項垂れ、ため息をつく。名前は昔から生理痛が酷い。お腹と頭はそれほど酷くはないのだが、とにかく腰が痛くなるのだ。薬も市販の物では効かず、病院からもらっている。薬を飲んだら基本的には良くなるのだが飲まないと立つのさえもままならない。名前は立てなくなってしまう前に戻らなくては、と出来る限り急いでその場から離れた。





一方、他の人達は主将と副主将を決めて声だしをしようとしているところだった。

「さ、最後に声だしして上がろうか!花井君、初仕事頑張ってね!」
「えぇっ…」
「何でもいいんだよ!」

みんなの視線が花井に集まる。花井は一息吸うと、腰を屈めて一気に叫んだ。

「夏大まで頑張るぞ!にしうらーぜっ!!」



声だしが終わって、さぁ帰ろうかとしていた時、監督が皆を呼び止めた。

「ちょっと待って!名前ちゃんは?」

そう言われて皆が辺りを見回すが、どこにも名前の姿はない。練習の時までは居たのだがと誰もが言い出すが、それ以上のことはわからなかった。そんな時、篠岡が「あっ」と小さく声を漏らす。

「あの、名前ちゃんならさっき具合が悪いって言ってトイ…お手洗いに…」
「それっていつぐらい?」
「みんながダウン終わった頃です」
「そう…阿部君!ちょっと様子見てきてくれる?」
「はい」

監督にそう促され、阿部は駆け足で校舎の方へ向かった。




「名前」
「う…」

阿部が駆けつけると名前はトイレから少し出た所で蹲っていた。阿部が名前に駆け寄って声をかけたら、すごく弱々しい返事が返ってきた。

「おま…大丈夫か?」
「いたい…」
「生理痛か?薬忘れたのか?」
「うん…」
「まったく…」

はぁ…と短いため息をつくものの、こんなに弱っている名前を見たら怒る気も失せる。阿部はスッと立ち上がり名前の手を掴んだ。

「歩けるか?」
「…無理そう…ごめん」
「しょうがねぇな」

そう言うと、阿部は名前に背を向ける形でしゃがみ、「ほら」と呟いた。どうやら背負っていくから乗れ、という事らしい。名前はもう一度謝罪を述べ、恐る恐る背中に乗った。それを確認して阿部はよいしょと立ち上がる。そして自分の背中にぐったりと身を任せている彼女を気遣いながら、阿部はゆっくりと進んだ。



「あれ!名前どうしたの!?」

グラウンドに入ってきた阿部と名前をいち早く見つけた田島が二人の元へ走り寄った。そのあとをみんなもぞろぞろとついてくる。

「…ちょっとね。だけど病気とかじゃないから心配しないで」
「じゃあ、どっか怪我したとか!?」
「貧血とかも酷い人は起き上がれなかったりするって言うよね…」
「ええっ、大丈夫なのかよ名字!」

田島に続き、栄口の溢した台詞に水谷が顔を青くして名前に言葉をかけた。何が何でも理由を知りたいようだ。しかし女としてここは流してしまいたいところ。名前は返答に困り、黙りを決め込んだ。だが阿部の方はしつこい程の問いかけにウンザリしたのか、名前の考えとは裏腹にあっさりと理由を話してしまった。

「生理痛だよ」

阿部は歩みを止めずにそう答えた。もう少しオブラートに包んでくれよと名前は一瞬抗議してしまいそうになったが、そんな元気も湧いて来ず、そのまま黙って阿部の背中に身を預けた。
一方、そんな名前の心の中の葛藤など気にも止めていないであろう阿部は、監督の前で足を止めた。

「トイレの前で蹲ってたんで連れてきました」
「名前ちゃん…毎回こんななの?」
「いえ…いつもは薬飲むから大丈夫なんすけど、今日忘れたらしくて」
「そっか…辛いね…。阿部君、多分名前ちゃん自力じゃ帰れないから送ってあげてね」
「はい」

監督は名前の頭を数回優しく撫でた後「解散!」と声をかけ、本日の部活は終了した。





「名字、ほんと辛そうだな」
「だよなぁ、立てないほどって相当なんじゃない?」

自転車置き場で花井と栄口が心配そうに話す。その会話を聞きながら阿部は自分の自転車のそばに名前を下ろした。

「ちょっと立ってろよ。鍵外すから」
「うん…」

弱々しく返事をして、名前は阿部の体に殆どの体重を預けてはいるものの地面に足をつけ、ゆっくりと腰をさすった。ややあって鍵を外した阿部は先に名前の体を持ち上げて後ろに座らせる。そっと自転車の後ろに乗せられた名前は、阿部にぎゅっと抱きついて、側にいた栄口と花井に向かって顔を上げた。

「今日はごめんね。荷物持ちさせちゃって」
「気にすんなって。名字はお大事にな」
「お大事にー」
「うん、ありがとう。また明日」

名前は出来る限りの笑顔をつくって、その場を離れた。残された花井と栄口はそれぞれの自転車へと乗り込む。

「何か…意外な一面だったね。って…花井?」

返事がない花井に栄口が顔を覗きこむ。すると、花井の頬がうっすらと赤くなっているのがわかった。

「あらぁ…花井、相手は彼氏持ちだぞ?しかも阿部」
「ち、ちげーよ!そんなんじゃねーって!」
「あはは…どうだかねぇ」
「何だよ!」
「ううん。じゃ、帰ろうか」

そうして、少し楽しげな栄口の後を追うような形で花井も帰路へと着いた。




*prev | next#


back