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※この話は「愛の結晶」の続編として書いておりますので、今回も子供の名前は固定です。ご了承ください。











こんな事になるなら、普段からもっと家の事に関与しておくべきだった。今更後悔しても遅いが、俺はここに来てようやく重大な事に気付かされて頭を抱えていた。

「はぁ…」

何度目かわからない溜め息に、隆羽も心配そうにこちらを見ている。気がする。というのも二歳児がこの俺の今の苦悩を理解出来ているとは考え難いからで、おそらくただの俺の思い込みだろう。

「要するに二歳児にも心配されてんじゃねーかって思うくらいには今参ってんだよ…」

返事がある筈も無いのに我が子を腕に抱いて呟いてみる。案の定、隆羽は周りの人や物に目を奪われていた。無理も無い。ここは子供にとって誘惑が其処彼処に広がっている絶好の遊び場なのだ。大人にとっては子供の手を離したら最後、買い物どころではなくなる恐怖の場所である。例に漏れず隆羽も、覚束ない足取りで手の届く範囲の物をひたすら触りに向かっていくだろう。元々そんなに足を運ぶ事のないここ、スーパーという半ば未知の領域で更に隆羽というオマケ付きなこの状況は、俺にはまだ少し難易度が高いと思う。夕食と名前が食べられそうな物を買いに来たはいいが、何を買えばいいのかわからない、というかメニューすら思いつかない。

「…どうすっかな」
「あっち、いく」
「あ?あっちって…おやつは後な」

色とりどりのお菓子コーナーに向かって必死に手を伸ばしている隆羽に危うく従いそうになったが、なんとか反対方向に足を進める。一先ず晩飯だ。

「あれ?阿部だー」
「ん?おー、栄口か」
「珍しいねー」
「ちょっと色々あってな」

野菜売り場をうろちょろしていたところで、懐かしい声が聞こえた。カゴに幾つか食材を入れている栄口は、にこやかに手を振りながら俺に近付いて来る。こんな所で栄口と会うのは普通なら珍しい事だが、俺は別段驚く事もなかった。ここの店の近くに住んでいる栄口は、結婚してから頻繁に料理を手伝うようになったらしく、奥さんとだったり一人でだったりと、よく買い物に来ていると名前から聞いていたからだ。俺とはえらい違いで尊敬する。

「ちょっとって?何があったの?あ、その前に…花井ー!」
「花井もいるのか?」
「うん、買い物に来る途中で会ってね。久しぶりだったから色々話聞こうと思って買い物に付き合ってもらってたんだよ。あ、来た来た」
「おお、阿部か?髪伸びたな」
「久しぶりだな花井。お前は変わんねーな」
「坊主に慣れちまってさ…あ、これまだハゲ始めた訳じゃねーからな」
「わかってるよ」

高校の頃から変わらない穏やかな笑みで花井を呼んだ栄口は、俺が花井と話し始めた隙に腕に抱いていた隆羽を抱き上げ、あやしていた。隆羽が嫌がってないところを見ると、おそらく名前と買い物に来た際に何度か顔を合わせているのだろう。

「阿部が買い物なんて珍しい事するんだな」
「俺もそう思ってさっき理由聞こうとしてたんだよ」
「お前ら俺を何だと思って…まぁ否定はしねーけど」
「で?何があったの?」
「ああ、今名前が動けなくてな」
「え、動けないって…怪我!?」
「あー…そうじゃなくて。今朝急に目眩がして起き上がれないって言われてさ、病院に一応連れてったんだけど血液検査でも特に異常はなくて、おそらく急に暑くなったってのと軽い貧血からだろうってんで家で寝かせてんだよ」
「疲れが出たのかなぁ」
「それもあるだろうな」
「今家で一人なんだろ?大丈夫なのか?」

おとなしく栄口の腕の中に収まっている隆羽を珍しそうに見ながら、花井が尋ねた。俺は腕時計で時間を確認しながら、薄く笑みを浮かべる。

「ああ、朝に比べたら随分良くなったみてーだ。ゆっくりだが一人で歩けるようになったし、何より目眩以外は本当に何の症状もねぇんだと。頭痛とか吐き気もないらしいから大丈夫だろ」
「そうか…酷くねぇなら良かったな」
「ああ。つーかどっちかっつーと今大丈夫じゃないのは俺の方でさ…」
「…あ、家事に殆ど関わってこなかったから何していいかわかんないんでしょ」
「まぁ…そんなとこ…」
「阿部らしいと言えばらしいけど。でも名字が奥さんならそうなっちゃうのもわかるなぁ」
「名字って専業主婦なのか?」
「今はな。けど隆羽を幼稚園にやりだしたら昼間また働きたいとは言ってた」
「そっかもともと働いてたもんねー。そりゃいつも以上に率先して家事やっちゃうワケだ」
「でもそれに甘えてた俺も悪いんだけどな」

殆ど何も入っていないカゴに目をやって苦笑すると、隆羽がタイミングよく声を発した。それを受け、栄口が楽しそうに「隆羽君もそうだって言ってるよ」なんて人当たりが良い笑顔を向けているが、他人事だと思って楽しんでいるようにしか見えない俺は性格が捻くれているんだろうか。

「あっ、そうだ阿部」
「なんだよ」
「お見舞い行ってもいいかな?今から」
「お見舞いって…名前のか?」
「それ以外に誰がいるんだよー。花井も行くよな?」
「ああ。心配っつーのもあるけど名字に会うの久しぶりだしな」
「ちょ、ちょっと待て」

俺を無視して話が進みそうになっているので慌てて止めに入った。

「今からって栄口、お前食料品どうすんだよ」
「ん?一旦家に置きに帰るよ。俺徒歩圏内だから」
「花井はどうすんだよ、お前も買い物に来たんだろ?」
「いや俺は別に買い物に来たわけじゃねぇんだよ。たまたま店の外で栄口に会ったからついて来ただけで」
「はぁ?偶々って…お前もこの辺りに住んでんのか?」
「この辺…ではないな。徒歩では来れねえ距離だ」
「じゃあ何してたんだ?」

やたら言葉を濁すというか詳しく話したく無さそうな雰囲気の花井に、俺は首を傾げた。栄口もまだ聞いていないのか、同じように不思議そうな目をしている。

「いや…なんつーか、妹達に足に使われてるっつーか」
「妹?」

そう言えば双子の妹がいると聞いた事があったような気がする。俺はずっと隆羽を抱いていては重かろうと、栄口に腕を伸ばしながら続きを促した。

「俺、今妹達と三人暮らししててさ。あいつらの大学この近くなんだけど、帰りに夕飯の買い物してから帰りたいっつーから迎えに行ったついでにここに寄ったんだよ。んで、あいつらの買い物終わるまでその辺ぶらぶらしてようと思って外に出たら栄口に会ったってわけ」
「…妹達と三人暮らしって…お前それ…」
「シスコンってやつ?」
「ち、違ェよ!あーもうだから言いたくなかったんだよ!」
「いやだってお前…自分の歳考えろよ…」
「そうだよ花井、妹さんたちのこと考えてあげなよ」
「俺が無理矢理一緒に住んでるみたいに言うな!あっ、おい阿部!子供に目隠しするなよ俺がマジでヤバい奴みたいじゃねーか!」

面白いくらいに必死な花井に、つい隆羽に目隠しまでしてからかってしまったが、花井のこのからかい甲斐のある所は高校の頃から変わってなくて少し安心した。

「頼むから説明をさせてくれ。あのな、あいつらが行ってる大学俺の実家からじゃちと遠いから、最初は二人暮らしする予定だったんだけど母親がそれじゃ心配だっつってな…実家よりは俺の家からの方が近いって理由であいつらが俺ん家に転がり込んできたんだよ」
「そっかぁ」
「わかってくれたか…」
「妹はいつ卒業すんの?」
「あとちょっと。今年で卒業」
「じゃあそろそろ就活とか始まる時期だな」
「ああ。あいつらバイトもしてるし、テスト期間とか実習中は特にピリピリしてやがるからたまに俺も気ィ使って仕事終わってそのままどっかに泊まったりしてる」
「彼女さんの家とか?」
「そうだな…主に」
「花井も大変だな…」
「あと少しだから別にいいんだけどな。と、悪ィ、一本電話かけさせてくれ」

そう言ってズボンのポケットから携帯を取り出した花井は、俺たちが頷くより前に誰かに電話をかけ始めた。

「あ、もしもし俺だけど。今お前達が買い物してる店に俺もいるから、ちょっと車の鍵取りに来い」
『何で?』
「わけは後から話すけど、取り敢えず一緒には帰れなくなったから俺の車で先に帰っといてくれ」
『車無くて帰り大丈夫?ご飯までには帰れるの?』
「電車で帰るから平気。時間もそこまで遅くならねぇから」
『わかった、取りに行くね。今どの辺?』
「えーと…野菜売り場の辺り」
『はーい』

会話から察するに、おそらく妹達だろう。俺たちはその二人が鍵を取りに来るまで再び歓談し、時間を潰した。

その後、やって来た二人に軽く挨拶を済ませるとようやく買い物を再開する事が出来た。隆羽は段々飽きてきたようで、俺の腕の中でウトウトし始めている。見兼ねた花井がどちらか持とうかと声をかけてきたので、素直に甘える事にして右手に持っていたカゴを渡した。

「栄口」
「何?」
「お前ん家まで送ってやるから一つ、頼み事していいか」
「買い物手伝ってとかそんなん?」
「…ハイ」
「ははっ、いいよ。俺も、車に乗せてくれるのは助かるしね」

栄口の許可を得ることに成功したのでそれからは本当にあっという間だった。普段やってるだけあってメニューも材料選びもさすがとしか言いようがない。今日ほど栄口に会えて良かったと思えた日は無いだろう。栄口様様だ。



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