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「マジで助かったわ。ありがとな栄口」
「気にするなって。でも、これを機会にもうちょっと名字の手伝いしてやれよー?」
「…わかってんよ。花井も荷物持ちサンキューな」
「おー」

栄口の家を経由してようやく我が家に着いた。駐車場で再び花井に荷物を持ってもらい、俺は帰り道で完全に眠ってしまった隆羽をチャイルドシートから起こさないように解放する。ふにゃふにゃになっている隆羽を両手で抱え、なんとか鍵をかけて歩き出したのだが、階段を上っていた辺りで後ろから栄口が俺の名を呼んだ。

「阿部」
「何だ?」
「目が、合っちゃった」
「はぁ?」
「ぱっちりだね。ちょっと寝て、スッキリしたのかな」
「……げ、もう起きやがったのか」

起きたのなら愚図るなりなんなりしたらいいものを、自然に目が覚めたのか隆羽は無言で瞬きを繰り返して栄口とその後ろにいる花井を不思議そうに見つめていた。

「何でいるの、って顔してるねぇ」
「たりめーだろ。特に俺なんかさっき初めて会ったんだからな」
「あれ、花井産まれてから一回も会ってないの?」
「ああ、というか阿部達にも最近全然会ってねーんだよ。確か…披露宴以来だな」
「そういやそうだな」
「えっ、そうなんだ。知らなかった…俺二人はもっと頻繁に会ってると思ってたよ」
「お互い仕事もあるしな。近くに住んでるってわけでもねーし……着いたぞ」

我が家の玄関の前で立ち止まり、ポケットから鍵を取り出した。丁度隆羽も完全に覚醒していたようなのでその場で降ろし、花井から荷物を受け取って扉を開けてやる。隆羽、栄口、花井の順で入り、隆羽が靴を脱ぎ終わるのを待ってから俺たちも家の中に足を踏み入れた。栄口と花井にはリビングで待つように伝え、一度寝室を覗く。隆羽はもう既に名前の元へ向かっており、何やら楽しそうに話をしている。

「あ、おかえり。買い物大丈夫だった?」
「栄口に偶々会って手伝ってもらった」
「ああ、隆羽が言ってる「さかくちくん」って栄口君の事なのね。隆也絶対メニューとか材料とか迷ってるだろうなーって心配してたから良かった」
「反省したよマジで。つーか起きててもう大丈夫なのか?」
「うん、座ってたら平気」

ベッドで読書をしていたのか、近くに本が伏せてある。名前はそれに栞を挟むと、サイドテーブルに置いて隆羽の頬を優しく摘んだ。

「今さ、栄口と花井が見舞いに来てんだけど会えそうか?」
「えっ、今!?」
「リビングで待ってもらってる」
「は、早く言ってよ!」

ベッドに腰を下ろして名前の顔色を確認しながら尋ねると、流石に予想外の事だったのか名前は慌てて着替えを始めた。俺は別に今着てる部屋着でもいいと思うんだが、名前的には無理してでも着替えたいらしい。

「じゃあ、あいつらに伝えてくるから」
「うん、すぐ行くって言っておいて」
「ああ。ほら隆羽、お前は手ェ洗って来い」
「あ、そうよ。お外から帰ったらまずおてて洗わなきゃね」

俺と名前の言葉に強く頷いた隆羽は洗面所へ駆けて行った。それに続いて俺も部屋を出ると、花井達に「もうすぐ名前来るから適当にくつろいでていいぞ」と伝え、買った食材を仕舞っていった。




「花井君、栄口君…わざわざお見舞いありがとう」
「おお、名字ー大丈夫ー?って、そうだ今は阿部か…」
「朝と比べると随分良くなったよ。ふふ、ここじゃややこしくなるから名字で大丈夫」

手を洗ってきた隆羽に子供用おやつと飲み物を与えて、栄口と花井に後を頼みその間に四人分のお茶と二人分の菓子を適当に詰めて持ってこようと俺が腰を浮かせたところで、名前が寝室からようやく顔を出した。申し訳なさそうな表情を二人に向けながらゆっくり歩いて、お菓子を頬張っている隆羽の隣に座る。それを確認してから俺は目的を果たすためにその場を離れた。

「そういえば花井君は久しぶりだね」
「そうだな。子供産まれたのは知ってたから一回くらい顔出そうとは思ってたんだけど、なかなか来られなくてな…」
「じゃ、今日はいっぱい隆羽と遊んであげてね」
「ええっ、俺このくらいの子供の相手とかよくわかんねーよ!?」
「ふふ、大丈夫だよ花井君なら」

何を根拠に言っているのかわからないが、名前の発言に花井は随分たじろいでいる。もしかしたらこの反応を見たいが為に言っただけかもしれない。そう気付いてお茶とお菓子を置いて名前の向かい側に腰をおろすと、隆羽を見ながら焦る花井を楽しそうに見つめる名前と目が合ってしまった。ソファーに座っている栄口もなんとなく楽しそうだ。

「これ、少ねぇけど適当に食ってくれ」
「あんがとー阿部」
「おっ、おおサンキュー」

持って来たお茶を名前が配り、俺が菓子を栄口と花井側に置くと、自分の分を粗方食べてしまった隆羽が一瞬目を光らせた。

「お前は自分の分食っただろ」
「はは、新しいの出てきたらそっちが気になるよねぇ。隆羽君、俺のちょっと食べる?」
「栄口君、あんまり甘やかさないでいいからね。ご飯食べられなくなっちゃう」
「あっ、そっかそうだよな。ごめん隆羽君やっぱりこれはお預け」

苦笑しながら栄口が菓子を口に運ぶと、隆羽は次に花井に目を向けた。すると花井は今まさに自分の分を食べようといていた所で、急に向けられた視線にビクッと肩を振るわせる。

「はない、はない!」
「は!?」

そして追い討ちをかけるようにいきなり名前を呼んだ隆羽。おそらく俺たちの会話を聞いて「花井」という名を知ったのだろう。驚き過ぎて菓子を落としかけた花井を見、俺が我慢出来ずに思わず吹き出してしまうと、つられて栄口も腹を抱えて笑っていた。

「ぷっ、くくっ…」
「っはは、あはははっ…花井、動揺しすぎ…っ」
「笑うなよ…!」
「くくっ…隆羽、あずさって呼んでやると喜ぶぞ」
「喜ばねーよ!」

俺たちに続いて名前もクスクスと笑いを零していたが、花井が何故そんなに必死なのか隆羽だけはわかるわけもなく、暫くキョトンとしていたが菓子が貰えないということは理解したのか、名前の膝の上に移動して残りの牛乳を飲み干していた。

「おかわり」
「もう終わり。まだ喉渇いてるなら私のお茶飲んでいいから」
「牛乳!」
「だーめ」
「む…」

母乳を離れて牛乳デビューを果たしたのはいいのだが、お茶よりも飲みやすいと感じる子供も多いらしく放っておくと過剰摂取してしまう可能性があるので、俺も名前もそこだけは十分気を付けていた。

「あー…牛乳って飲ませ過ぎるのはよくないってよく聞くもんな。名字達もやっぱりそこは気を付けてるんだね」
「うん。重度の貧血になる恐れがあるからね…」
「えっ、そうなの!?」
「牛乳って鉄分の含有量が凄く少なくて、鉄分の吸収を阻害するカルシウムが多く含まれてるから、貧血になりやすくなっちゃうの。お腹もいっぱいになって食事バランスも崩れちゃうしね」
「そうなのか…さすが名字…」

栄口と花井が感心する中で、名前は苦笑し謙遜している。しかしまだ体が本調子では無いのだろう、少し表情が硬くなってきたため、俺は寝室へ戻るように促した。まだ夕食までには時間があるし、準備をしている間くらい隆羽も一人で過ごせる。それにまだ栄口も花井もいてくれるようだから大丈夫だと言ったのだが、折角来てもらっているのだからまだここに居たいと言って名前は動こうとしなかった。仕方が無いので少しでも楽な体勢でいてもらおうと隆羽を膝の上から降ろして、ソファーへ誘導した。

「…ごめんね」
「気にすんな。誰だって体調崩す時はあるし、部屋でぽつんと一人でいるのも辛いよな」
「家の事も色々させちゃって…」
「無理されるよりは全然いい。つーか、栄口にも言われたけど家事に慣れるいい機会だからせめて今日くらい俺にやらせてくれ」

そう言っていまだに心配そうな眼差しの名前を無理矢理ソファーに寝かせると、おもちゃで遊び始めた隆羽の側に行ってしゃがんだ。

「隆羽、おもちゃに飽きたら花井が遊んでくれるらしいから遠慮しねぇで遊んでもらえよ」
「はーい」
「いい返事だ。じゃ、俺はそろそろ飯の準備始めるから」
「ええっ!?」
「あ、それじゃあ俺は阿部手伝うよ」
「助かるわ、サンキュー」
「栄口まで俺を見捨てる気か!」
「見捨ててなんかないよー。折角隆羽君も花井に慣れようとしてくれてるんだから花井も歩み寄らないと、って思ってさ。大丈夫だよ、流石二人の子供なだけあってお利口だから。じゃ、阿部行こうか」
「おう悪ィな。ある程度やったらお前ら送るから」
「あんがとー」

そうしてキッチンへ消えていった俺たちを花井がジトッとした目で見つめていたような気がしたが、側には名前もいるし、実際のところ花井だったら特に心配もいらないだろうというのもあって、気にせず準備に取り掛かった。









「りゅー、寝るぞー」

あれから、栄口からアドバイスを貰いながら夕食の準備を途中までやり、隆羽を連れて花井と栄口を家まで車で送り届けた。名前はお礼を言いに玄関先まで出てきていたが、部屋で寝ておくようしっかりと言い渡し、俺達は家を出た。
それから三十分程経って、家に戻り夕食と入浴を済ませた。流石に隆羽も疲れが出たのか小さく欠伸を零し始めたので、リビングに布団を敷いて歯磨きまで終わらせて絵本を選ぶ隆羽を待った。名前がゆっくりと眠れるように今夜だけは別で眠ろうとリビングに布団を敷いたわけだが、きっと隆羽は不思議がるだろうなと思っていたところで、案の定絵本を抱えてやってきた隆羽は首を傾げて寝室の方を見つめた。

「…おかあさん」
「あー…今日だけこっちで寝ような」
「おかあさんがいい…」
「たまには俺と二人でもいいだろ?」
「やだ」
「酷ェ…」

子供の言葉に少なからず傷付いていると、寝室からクスクスと笑い声が聞こえてきた。隆羽はそれにいち早く反応し、扉を開ける。

「おかあさん!」
「りゅー、おいで。一緒に寝よう」
「うん」
「大丈夫なのか?」
「平気。というかいつも三人で寝てるから一人だと逆に寂しくて眠れないっていうか」
「ならいいんだけど」

俺が躊躇っている間も、隆羽は早く絵本を読んで欲しいのかベッドを一生懸命よじ登っている。もうこれは仕方が無いなと俺も諦めざるを得なくなり、隆羽を抱えていつもの布団に潜り込んだ。

「絵本、今日は隆也が読んでよ」
「え…それマジで言ってる?」
「うん。ほら、隆羽も待ってるよ」
「…っ、わかったよ」
「やったぁ。良かったねー隆羽」
「ねー」

隆羽の前だけならいいかと思っていたが、まさか名前の前でも読む事になるとは思わなかった。しかし俺に任せてくれと言った手前断る訳にもいかず、結局最後まで読み切って隆羽はあっという間に眠ってしまった。

「…寝るのはやいな」
「子供ってそんなもんだよ。隆也ももう寝るの?」
「俺はまだもうちょい起きとく。明日も仕事休みだし、大の大人がこんな時間に寝るのもあんまりだしな…お前は寝ろよ。回復には寝るのが一番なんだから」
「今日もう十分寝たから眠れそうに無いんだけどな…」
「じゃあせめて横になっておくとかさ。それだけでも違うだろ」
「そうよね…」

名前の返事を聞き、俺はベッドを抜け出した。隆羽の頭を撫でるついでにきちんと毛布を着せてやり、名前にも肩まで毛布をかけてやる。学生の頃と比べて頭を撫でるという行為は極端に減ったが、今日は何故かそういう気分になりそっと手を伸ばした。だがそれは名前の手によって阻止されてしまい、俺の手に優しく手を添えた名前はそのまま自分の頬まで持ってきて、控え目に擦り寄せた。

「…どうした」
「ううん。今日は、本当にありがとう」
「家族なんだから、助け合わねーとな」
「明日には絶対復活するから」
「無理しなくていーっつの。てか俺マジで反省したわ…俺こそいつもありがとうって言わなきゃなって思った」
「…珍しい」
「オイ…真面目に言ってんぞ」
「あははっ、ごめん」
「ったく…ほらもう寝ろ」
「はーい」

俺は触れていた頬を軽く引っ張ると、手を離して踵を返した。

「隆也」
「ん?」

扉に手をかけたところで後ろから名を呼ばれた。振り返ると、ニヤリと悪い笑みを浮かべる名前が目に映った。

「絵本読むの、上手だったよ」

言葉とは裏腹に表情からはからかっているのが明白で。まぁ確かに噛み噛みで酷いもんだったなと、俺は照れ隠しも含めて「うるせー」と一言返し、部屋を出た。






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