「此処は『コトノハの泉』、水を掬って飲めばその人の願いが叶う聖なる泉なんだよ。…ただし、水を飲む時に願いを心の中で念じていないと全て無効だけどね」

「…ちょ、待て?つまり、それは…」

「君は水を飲んだけど、願いを心の中で念じていなかった。武術を極めたいという願いを水を飲む時に念じていれば、その瞬間から君は武術の達人だったのにさ」

「……」


男の眼が見開いたまま、含み笑いを白羽扇で隠したフォルテュナを無言で見つめている。

そしてフォルテュナから眼を離すと至る所に眼が泳ぎ、最後に頭を両手で抱え…


「あああ〜!!何でそれを最初に言ってくれなかったんだよ、俺はつまり、夢が簡単に叶うチャンスをみすみす逃した馬鹿って事か!?」

「僕は馬鹿とまでは言ってないじゃないか、…まぁ、つまりはそういう事なんだけど」

「ぐぁ〜、マジかよ!…じゃ、もう一杯」

男がおもむろに泉の水を手で掬おうとした瞬間、フォルテュナが白羽扇でその頭をふわりと叩く。

すると男の身体は瞬く間に鳩に変わり、フォルテュナの手の中にそっと抱かれた。


「…全く、泉の事を知ると人間はすぐ簡単な道を選ぼうとするから…」


呟き、そのまま鳩を空へ向けて飛ばす。

その翼を休めて地上に降りた時、元の人間の姿へ戻るだろう、…自分と喋っていた事とコトノハの泉の事、記憶の一部分を忘れて。

蒼い空を飛び、小さくなっていく鳩を見ながらフォルテュナは深い溜め息をついた。


「…一つだけ、君の望みはちゃんと叶っているんだけどね。君はそれに気付かなかったようだけど」


陽の光が暖かい、碧の煌めき放つ泉の上で。

お気に入りの白羽扇をパタパタと揺らしながら。


「『水を飲みたい』…自分は生き長らえたい、その強い願いと一緒に泉の水を飲んだ事で君の命の灯(ともしび)がまだ続くんだ」


フォルテュナは手を空に伸ばしてみた。

いつかあの鳩が…あの男が今日の記憶を忘れたまま、コトノハの泉に願いを持ってひょっこりと戻って来る日を想像しながら。

そうしたら、何て言ってあげようか。



「それは自分の力で叶えてよって話だからさ、…コトノハの泉が与えた命の灯で」



やはり一癖ある言葉だ、フォルテュナは静かな碧の水面で誰にも知られず楽しそうに笑った。

【おわり】


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