と、その時だった。
 すぐ側で、数回肩を叩かれた。
 私はビクリとして、慌てて顔を上げた。
「よ、よお……」
 そこにいたのは、今まさに電話をかけようと思っていた相手――貴之だった。
 よっぽど急いで来たのだろうか。
 髪は寝癖が付いたままの状態で、服装もヨレヨレのTシャツにジーパンと、実に滑稽な姿だった。
 おまけに、さっきから何度も肩で息を繰り返している。
「――もしかして、走って来たの?」
 私が訊ねると、貴之は「ああ」と答えた。
「この間、ああは言ったものの、やっぱり、知らない土地で、独りで待たせちゃ悪いと思って……。
 ただ……結局寝坊しちまって、何とか出て来たんだけど……」
 貴之はそこまで言うと、ばつが悪そうにボサボサ頭を掻き上げた。
「――無理しなくて良かったのに……」
 私は笑いを噛み殺しながら言った。
「いざという時のために、文庫本も用意してきてたから、その辺のファーストフードの店で時間潰しも出来たしね」
「いや……それはさすがに不味いだろ。――この辺り、たまに変なのがウロついてたりするからさ」
「心配してくれてたの?」
「当たり前だ」
 貴之はぶっきら棒な口調で返すと、私の持っていた大型バッグに手をかけた。
「ほら、貸せ」
「あ、ありがと」
 私は驚きつつも、貴之の好意に甘える事にした。
 貴之はバッグを持つと、空いた方の手で私の手を取った。
 何度も繋いでいるはずなのに、手が触れた瞬間、胸の鼓動が速くなるのは何故だろう。
 ――子供の頃なんて、何度も手を繋いできたってのに……
 私は微苦笑を浮かべながら、骨張った貴之の手を握り返した。


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