翌日は、朝から雨が降っていた。
 前日の天気予報で雨のマークが付いていたので懸念しつつ、それでも、心のどこかで晴れる事を祈っていたのだが。
「――この家には、雨女がいるからな」
 窓越しに雨空を見つめながら、蒼介は呟いた。
「悪かったわね」
 誰もいないと思っていたのに、いつの間にか、美雨が隣に立っていた。
 蒼介は仰天した。
 何故、こんなにも見事なタイミングで美雨は現れるのか。
「確かに、私は昔っから『雨女』と呼ばれていたわよ。名前にも〈雨〉が付いているぐらいだし……」
 美雨の語気に力がなくなっている。
 〈雨女〉は、さすがにショックが大きかったのであろうか。
 蒼介は何とか機嫌を直そうと「で、でも」と必死で話しかけた。
「美雨の名前、悪くないと思うぞ。〈美しい雨〉って、お前にピッタリだと思うしさ。そんな名前を付けてくれた親御さんも、最高にセンスが良いよ」
「――無理しなくていい……」
「いや。別に無理はしてないが……」
 二人の間に、気まずい空気が流れた。
 軽い気持ちで口走ってしまった一言が、まさか、ここまで美雨を傷付けてしまうとは、予想だにもしなかった。
 静まり返った室内には、雨の音がさあさあと響き渡る。
「――蒼介」
 沈黙を破るように、美雨は小さく口を開いた。
「雨が降ってしまったら、桜は終わりだよね?」
「え、ああ」
 美雨が何を言いたいのか分からず、蒼介はただ、美雨の問いに短く答えた。
 と、その時であった。
「行こう!」
 突然、美雨は蒼介の腕を掴んだ。
「え? 行くってどこに?」
 蒼介が訊ねると、美雨は呆れ顔で「決まってるでしょう」と言う。
「お花見よ。どうせ、雨が上がったら殆ど散ってしまうんだもの。だったら、散る前に見に行きましょう!」
「――雨の中……?」
「当然!」
 美雨は強く頷く。
「ほら! そうと決まったら早速支度よ!」
「いや……。雨の日はさすがに……」
「何かご不満でも?」
 美雨の有無を言わさない強引さに、蒼介は異を唱える事など出来なかった。


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