彼女を失ってからの蒼介は、荒み切った毎日を送っていた。
 しこりのように残り続ける、彼女への後悔の念。
 何故、もっと早くに彼女に伝えられなかったのか。
 彼女の人生を奪った、彼女を轢き殺した奴が憎い。
 彼女を轢いた運転手は、当然ながら罪に問われたが、それでも、蒼介の気は晴れなかった。
 どんなに忘れようとしても、雨が降るたびに想い出してしまう。
 そのうち、蒼介は雨を憎むようになっていた。
 雨など、この世から消え去ってしまえばいい。
 心の底から思った。

 彼女の死から一年後。
 その日は朝から雨がしとしとと降り続いていたが、傘を持つ気にもなれなかったので、蒼介は手ぶらのまま外に出た。
 傘も差さずに歩いている姿は、傍から見たら気持ち悪いものであっただろう。
 案の定、時折擦れ違う人々は、蒼介を不審者でも見るように横目で睨んでは通り過ぎて行く。
 だが、蒼介はそんな視線など全く気にならなかった。
 どんな目で見られようと構いやしない。
 どのみち、彼女を失った瞬間から、生きる術も失くしてしまったのだ。

 しばらくして、蒼介はとある橋の上まで来ていた。
 何故、そこへ行ったのかは分からないが、何となく、足が向いてしまったのだ。
 蒼介は橋の中心部まで来ると、そこで立ち止まって雨空を仰いだ。
 いつまでも降り止まぬ雨。
 憎み続けた、蒼介から彼女を奪った雨。
 不意に、目に熱いものが込み上げた。
 泣いてはいけない。
 泣くなど、男にあってはならない。
 そう思えば思うほど、涙が溢れ出てくる。
 零れた涙は、雨の雫と共に滴り落ちてゆく。
 自分でも、どれが涙で、どれが雨なのか、判別が付かないほどであった。

 どれほどそうしていただろう。
 ふと、蒼介の頭上に傘が差し出されてきた。
 彼は驚き、傘を差してきた者の顔を見た。
 そこにいたのは、自分と同年代ほどの女であった。
 〈純真無垢〉をそのまま絵に描いたような外見で、瞳も澄んだ泉のように綺麗だった。
 彼女自身も、自分の行動に驚いていたようで、傘を差し出してからも、戸惑いを垣間見せていた。
 それなら、最初から放っておけば良いのに、といつもなら考えるであろうが、この時ばかりは、彼女のさり気ない優しさが嬉しかった。
 同時に、彼女に対し、何か特別なものを感じていた。
 その正体が何なのか、その時は分からなかった。
 ただ、彼女が側にいると安心出来る。
 それだけは自覚していた。


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