2
彼女を失ってからの蒼介は、荒み切った毎日を送っていた。
しこりのように残り続ける、彼女への後悔の念。
何故、もっと早くに彼女に伝えられなかったのか。
彼女の人生を奪った、彼女を轢き殺した奴が憎い。
彼女を轢いた運転手は、当然ながら罪に問われたが、それでも、蒼介の気は晴れなかった。
どんなに忘れようとしても、雨が降るたびに想い出してしまう。
そのうち、蒼介は雨を憎むようになっていた。
雨など、この世から消え去ってしまえばいい。
心の底から思った。
彼女の死から一年後。
その日は朝から雨がしとしとと降り続いていたが、傘を持つ気にもなれなかったので、蒼介は手ぶらのまま外に出た。
傘も差さずに歩いている姿は、傍から見たら気持ち悪いものであっただろう。
案の定、時折擦れ違う人々は、蒼介を不審者でも見るように横目で睨んでは通り過ぎて行く。
だが、蒼介はそんな視線など全く気にならなかった。
どんな目で見られようと構いやしない。
どのみち、彼女を失った瞬間から、生きる術も失くしてしまったのだ。
しばらくして、蒼介はとある橋の上まで来ていた。
何故、そこへ行ったのかは分からないが、何となく、足が向いてしまったのだ。
蒼介は橋の中心部まで来ると、そこで立ち止まって雨空を仰いだ。
いつまでも降り止まぬ雨。
憎み続けた、蒼介から彼女を奪った雨。
不意に、目に熱いものが込み上げた。
泣いてはいけない。
泣くなど、男にあってはならない。
そう思えば思うほど、涙が溢れ出てくる。
零れた涙は、雨の雫と共に滴り落ちてゆく。
自分でも、どれが涙で、どれが雨なのか、判別が付かないほどであった。
どれほどそうしていただろう。
ふと、蒼介の頭上に傘が差し出されてきた。
彼は驚き、傘を差してきた者の顔を見た。
そこにいたのは、自分と同年代ほどの女であった。
〈純真無垢〉をそのまま絵に描いたような外見で、瞳も澄んだ泉のように綺麗だった。
彼女自身も、自分の行動に驚いていたようで、傘を差し出してからも、戸惑いを垣間見せていた。
それなら、最初から放っておけば良いのに、といつもなら考えるであろうが、この時ばかりは、彼女のさり気ない優しさが嬉しかった。
同時に、彼女に対し、何か特別なものを感じていた。
その正体が何なのか、その時は分からなかった。
ただ、彼女が側にいると安心出来る。
それだけは自覚していた。
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