「いらっしゃい。何になさいますか?」

町のレストランをある男性が訪ねた。
こめかみのあたりに少し白いものが混じった初老の男性だ。
男性は、軽い昼食を注文した。



「お待ち遠様。
……お客さんは、ご旅行中なんですか?」

「旅行というよりは…放浪でしょうか…」

男性ははにかんだ笑顔を浮かべながらそう言った。



「放浪ということは、あてのない旅ってことなんですか?」

「そうです…この国に来てもうずいぶん長い歳月が流れてしまいました。」

「……ってことは、お客さんは他所の国からいらっしゃったんですか!
そんなに長い間ここにいらっしゃるってことは、よほどこの国が気に入ってもらえたってことなんですかね?」

「そうですね…
それもありますが……実は、僕には忘れられない女性がいましてね…」

「それは、素敵なお話ですね!
一体、どんな女性なんですか?」

好奇心旺盛な店主に、少し困ったような表情を浮かべながらも、男性はぽつりぽつりと話し始めた。



「素敵な話なんかじゃないんですよ。
……もう三十年程昔の話です。
この国に来てまだ間もない頃、僕は、とても快活で明るい太陽のような女の子と出会いました。
その子は、僕の故郷の話を聞くのがとても好きで、いつか僕の故郷を訪ねてみたいと言ってくれました。
僕の故郷は特になんてことのない田舎です。
僕はそんな故郷がつまらなくて飛び出して来たというのに、彼女はそんなつまらない話をとても楽しそうに聞いてくれたんです。
話してるうちに、僕には色褪せて見えていた故郷が、良いもののように思えてきました。
彼女はそういう人だったのです。
僕が気付かなかったことをいろいろと教えてくれました。
僕よりずっと年下だったのに、人間的にはずっと成熟していたように思います。
僕達は自然に愛し合うようになっていました。
いつか、この子と結婚して僕の国で一緒に暮らそう…僕はそんな事を勝手に考えていたのですが、彼女は突然姿を消したのです。
何の予兆もありませんでした。
いや…少なくとも僕にはそんなものは感じられなかった。
もしかしたら、体調が良くないのかもしれない…家族に何かあったのかもしれない…
様々なことを考えながら、僕は彼女が来るのを待ちました。」


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