退勤時刻が近づいてきた頃、岡部さんが「飲料の補充してきちゃうね」とバックヤードへ引っ込んだ。
 レジチェックも済ませてしまったし、俺は商品整理をしつつ、有線放送から流れる邦楽ロックに耳を傾けていた。
 この曲いいなあ、明日タワレコに寄ってみようかな。
 ふと、タワレコで思い出した。今年の夏休みに、たまたま涼みに入ったタワレコで、思いがけず出会った人のことを。ギターケースを背負った彼の、無口さや無愛想さに怯えたことと、その後のやさしい表情で、印象が変わったこと。

「どんな曲弾くんだろ……」

 岡部さんは聴いたことがあるだろうか。……あるんだろうな〜。
 感慨にふけっていたら、視界の端で自動ドアが開いた。

「いらっしゃいませ、こんば……」

 もはや脊髄反射で出てくる挨拶が中途半端に途切れた。いままさに思考の中心にいた、少しくすんだような色の茶髪で細身の若い男が、自動ドアを潜ってやって来たのだから。
 店内に進んできた彼の目が、レジのすぐそばの棚の前にしゃがみこむ俺と合って、思わずドキリとしてしまう。

「あ、こっ、こんばんはっ」

 バネのように勢いよく腰を上げて、ぺこっと頭を下げる。彼は、口角をわずかに上げて、こんばんは、と返してくれた。
 彼――来栖さんは、岡部さんのカレシである。岡部さんより三つ年上で、俺とは五つ違いだから、今年で二十三歳になるはずだ。 夏休みに少し話したときには、ダイニングバーに勤めていると言っていた。そして、このコンビニから程近いアパートで岡部さんと同棲している。らしい。
 付き合うことになった、と約一年前の報告以来、岡部さんからはとくに来栖さんの話は聞かないけれど、こうやってコンビニに訪れるのだし、きっといまもあのアパートで二人は暮らしているのだろう。
 そういえば、今日はあのギターケースを背負っていない。

「えっと、買い物ですか?」

 コンビニに来てるんだから当たり前だ、とすぐに自分の発言を後悔した。案の定来栖さんは頷いて、けれど、そこはかとなく誰かを探すように店内に目を配らせる。

「……海未、いる?」

 来栖さんは首の後ろを掻きながら、少し恥ずかしそうに俺に訊ねてきた。
 海未。岡部さんの下の名前だ。
 俺は、なんていうか、自分の気の利かなさというか気の回らなさというか、とにかく目の前の彼に対してものすごく申し訳ない気持ちになった。

「あ、岡部さんは、いま飲料の補充に行ってて……もうすぐ戻ると……」
「あれっ、けーた」

 タイミング良く、岡部さんが帰ってきた。
 岡部さんは来栖さんの姿を見つけると、けーた、と来栖さんの下の名前を舌足らずな呼び方で口にする。

「どしたの? 今日仕事休みだったっけ」
「休み。おまえ、もう上がるだろ?」
「うん」
「じゃ、まってるから」
「うん。ジャンプを買うなどして店の売り上げに貢献してくれてもいいのよ」
「素直に『ジャンプ買って』って言えば」
「ジャンプ買って」
「ヤンマガ買うわ」

 来栖さんがすごく自然な口調になって、岡部さんと話す。来栖さんと向き合う岡部さんも、肩の力が抜けたような印象だ。
 俺や来栖さん以外の人に対してかたいわけではない、誰であってもいつもおっとりと話す岡部さんは、でも来栖さんと話すときは少し違うのだ。心を許している。そんな雰囲気を思わせるような。
 二人の会話を聞きながら、二人の生活を目の当たりにしている。そんな気がした。


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