コンビニのアルバイトを今月いっぱいで辞めることになった。
 と言っても、ヒロに「辞めれば?」と助言されてからもうずいぶん経っていて、季節は秋で、辞める理由は大学受験に専念するために他ならない。

「日向くんがいなくなるとさみしくなるね」

 この日、岡部さんとシフトが重なった。辞めることを話したら、岡部さんはもともと大きな目をさらに見開いて、そのあとしんみりとした顔になった。
 客足のピーク時が過ぎた夜、煙草を補充したりおでんの様子を見たりしつつ、さみしくなるね、とぽつりと言った彼女に、俺はなるべく明るい声を出す。

「すぐに新しい人が入りますよ。こないだだってほら、大路さんって高校生のバイト来たし」
「うん、でも、日向くんがいなくなるのがさみしいんだよ」
「……」
「でも、受験だもんね。しょうがないよね……」

 すっかりしょんぼりした様子でおでんの鍋をお玉でぐるぐるかき混ぜる岡部さんに、胸が微かに締めつけられる。
 俺の好きな女の子が、俺がいなくなることをさみしいと言う。
 ちょうど一年前、コンビニの駐車場に頻繁に現れる猫がめずらしく姿を見せなかった日、岡部さんがさみしそうにしていたことがあった。その横顔を見て、俺は、俺も彼女にさみしがられたい、と思ったのだっけ。まさかその願いがいまになって叶うとは。
 たった一年前のことだ。俺は十七歳で、常に彼女のことで頭がいっぱいで、いつか俺が彼女のことを幸せにしたいと、岡部さんの笑顔のためならば何でもしたい、そう思っていた。

「日向くん?」

 岡部さんが俺の顔を覗き込む。焦げ茶色の瞳にうつった自分を見て、ハッとする。

「だいじょぶ? ぼっとしてたよ」
「……あ、すいません」
「勉強で疲れてるのかな。そうかな。無理は禁物だよ。勉強で無理したことないあたしがゆうのもなんだけども」
「あはは、大丈夫ですよ。もうすぐ文化祭だから、どっちかというとそっちの準備が忙しいし」

 文化祭、と俺の言葉を跳ねるような発音で繰り返した岡部さん。

「日向くんは何するの?」
「俺のクラスは焼きそば売ります。外で」
「焼きそば? 外で?」
「そうそう、煙出ちゃうから外で。お祭りのはっぴみたいなの着るんですけど、俺それがすっごい似合わないって友だちから絶不評で……あっ、岡部さん、よかったら遊びに来ませんか?」

 何気なく提案すると、岡部さんは表情をパッと明るくした。いいの? と、子どものように目を輝かせて訊ねる彼女に、思わずうれしくなって、もちろん、と即答した。

「一般参加は来週の日曜日なんです。来てくれたら俺、案内しますよ」
「ほんと? ぜひ行きたいな」
「ぜひ来てください」

 そうして約束を取りつけた後、お客さんが数人一気にやって来て俺たちは慌てて業務に戻った。
 当日どこを案内しようか想像して、レジ打ちする傍らほんのりと楽しい気分になる。
 そう、俺はこのとき、深いことなどなんにも考えていなかったのだ。


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