飛んで火にいる夏の蟲
熊猫飯店の入口のベルを風鈴に付け替えた。
今年もジワジワと蝉がよく鳴いている。
日本の夏は蒸し暑い。そして年々ひどくなっている気がする。俺はキョンシーだから本来暑さなんてどうってことないはずなのに、それを感じる機能が年々育っているくらいだ。
ところで、世間は盆休みである。
熊猫飯店も例に漏れず一昨日から三日間の休業中だ。
飯屋は盆だろうが正月だろうが営業しているほうが多いらしいが、「休むときは休む」というのが先代からのモットーなのだ(そもそも常連客たちがそろって郷に帰省するなりで、営業したところで閑古鳥が鳴く)。
一昨日と昨日は、白桃ちゃんと店の掃除を隅から隅まで徹底的にやった。料理の仕込みもあらかた済ませた。
そして休業最終日。今日は、白桃ちゃんとデートだ。
年に数回あるかないか、たまには仕事を忘れて恋人同士の時間を過ごすことも必要らしい。白桃ちゃん曰く。
「ラウ」
暇つぶしにパラパラめくっていた広辞苑を閉じ、カウンター席から立ち上がる。
店の奥からおめかしをした白桃ちゃんがやってきた。
「おまたせ」
俺の前に現れた白桃ちゃんは、涼し気な淡い水色のチャイナドレス、長い髪はきれいに三つ編みにしていた。炎天下に備えてか、麦わら帽子もかぶっている。
それと、前髪を花飾りでとめていた。白桃ちゃんのお気に入りの桃の花飾りだ。
デートのとき、白桃ちゃんはいつもと違う髪型や服、化粧などを施して、おめかしをする。それでまったくの別人になるわけではないけれど、いつもと違うとそれだけでとくべつを感じる。
ちなみに俺もデート用の、白桃ちゃんが一番かっこいいと言う龍が描かれたチャイナ服を着ている。
「ラウ。どう、おかしくない?」
白桃ちゃんがくるりと一回転する。桃の香りがふわりと舞う。
「おかしくないよ」
「ほんと?」
「うん。きれいだ」
「よかった」
白桃ちゃんはおもむろに椅子に上がると、俺の頭にも麦わら帽子をかぶせてくれた。満足そうにふふっと笑う。
俺は白桃ちゃんの脇の下に手を入れて、椅子から下ろしてやる。
「じゃあ、行きましょう」
手をつないで、熊猫飯店の戸を開けるとチリン、と風鈴が心地よい音を立ててゆれた。
久しぶりに電車というものに乗ってたどり着いた場所は、静かな浜辺であった。
駅に降り立ったときから潮の匂いが強くしていた。熊猫飯店の近くにも海が見られる場所はあるが、あそことは匂いが少しだけ違う。
それにしても人が少ない。こんなに暑い夏の日は、海には人がこぞって集まるものだと思っていた。海水浴シーズンだとか連日テレビでやっている。
砂浜にシートを敷いてパラソルを立てたりしながら、穴場なのよ、と白桃ちゃんが言う。
「あなばって?」
「デートをするのに最適な場所ってこと」
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