三
休む間もなく襲いかかってくる《やつら》を、かたっぱしから四散させていく。しかし、消えてはまた現れ、消えてはまた現れる。限りがないな、と思う。
こないだの出前の帰り道に現れた《やつら》は、一匹の巨大な蜘蛛のかたちをしていた。個々の威力がそれほどでもないとはいえ、こうも限りがないと、でかい一匹で来てくれたほうが楽である。いくら俺が不死身のキョンシーとはいえ――。
と、今まさに蹴りを食らわようとした一体が、ふいに空へ上がった。
その背には、今までなかった蝙蝠のような翼。他の《やつら》も一様に翼を生やし、空へ飛び立ち、一斉に俺の背後へと向かった。
「白桃ちゃん!」
叫んだ自分の声で記憶がよみがえる。
はじめて《得体の知れないやつら》に襲われた日のことを。燃えさかる黄昏時の光景が、唐突に俺の脳裏をよぎった。
八つ首の蛇のかたちで現れた《やつら》に隙を突かれた俺は、足を取られて吹っ飛ばされたのだ。すぐに体勢を立て直したが、そのときにはすでに八つ首の蛇が白桃ちゃんの小さな体を縛り上げていた。
まったく同じ光景を見ているようだった。
あの日と同じように、白桃ちゃんを襲った《やつら》が、俺の目の前で赤い炎に包まれていく。激しい炎に焼かれながら、みるみる間に力なく四散していく影――。
やがて、炎の中から白桃ちゃんが現れた。体のどこにも出血は見当たらず、火傷の一つもなく、しっかりとした足取りでこちらへ歩いてくる。
「ラウ」
あの日と同じように、白桃ちゃんがやさしく笑いかけた。
「守ってくれてありがとう」
白桃ちゃんの背後で、《やつら》はすべて炎とともに消えた。
上空に、一枚の赤い札がひらりと舞った。
白桃ちゃんの《不思議なお札》は、《得体の知れないやつら》をすべて焼き切ってしまう力がある。
八つ首の《やつら》との戦いのあと、俺は訊ねずにはいられなかった。
“どうして俺を作ったんだ?”
“俺なんか必要ないんじゃないのか?”
“あんた充分ひとりで、その身を守れるじゃないか。”
純粋な気持ちで訊ねる俺に対して白桃ちゃんは、そういうことじゃないのよ、と諭すように俺を見た。はっきりと「かなしみ」の色をたたえたあの目を、俺はどうしてか忘れられない。
「身を守るすべはある。けれど、私にはあなたが必要だったの。……どうしても。だから私はあなたを作ったのよ」
小さな手が、俺の体の中心をそっとなでた。
「ひとりじゃ生きられなかったの、私は……」
白桃ちゃんのお札は、俺の体のなかにも埋め込まれている。
俺を人間のように生かし、白桃ちゃんが死ぬまで決して死ねない不死の肉体を構成する《特別製の白札》。
「ラウ、ごめんね」
ごめんね。
ごめんね。ごめんなさい。
白桃ちゃんはずっと謝り続けている。俺はその声を、深い暗闇にいた頃からずっと聞いている。
その声をたどって、俺は今ここにいる。
帰りの電車のなかで、白桃ちゃんは眠ってしまった。
店にある酒樽よりも軽い体を背負い、熊猫飯店までの道のりを歩く。夜風が心地よく、リーリーと虫が鳴いている。今夜は月が細い。
「……白桃ちゃん」
規則正しい寝息が聞こえる。
「また、デートしよう」
白桃ちゃんが望むのなら、何度だってしよう。おめかしをして、お弁当をつくって。俺はどこへだってついていく。
そうしていつか、白桃ちゃんが俺に「ごめんね」と言うことすらも忘れてしまえるように――。
浜辺で見つけたきれいな薄桃色の貝殻を、服のポケットにしまったままでいる。白桃ちゃんが目覚めたら渡そう、と思った。
視界の先に、パンダが目印の看板が見えてきた。
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