遺言状は、叔父が自分の病に気づいてまもなく書いたものであるらしかった。
 内容を要約するとこうである。
 まず、あのキョンシー専門書。あれは、叔父が私を引き取るときに、白の本家から貰い受けたものであったこと。最初はすぐに処分するつもりでいたが、しかし、私が日頃“遊び”として《八卦の札》を作成するのを見て、私のもしものときを案じて引き出しに仕舞い込んだのだという。
 あの専門書に記されているキョンシー作成術は、過去に兵器として量産されていたキョンシーとは訳が違う。禁忌中の禁忌――それこそ手を出せば、生涯解けぬ呪いをその身に受けるとされるものであること。
 そもそもそんな禁忌を成功させる者など、白家の人間とて圧倒的に限られている。千年に一人現れるかどうか、という途方もない水準の話だ。
 それでも、過去に成功させた者は、いた。
 彼女らは生まれながらにしてそのとくべつな才覚を発揮し、《白の巫女》として俗世から隔離され、崇め奉られた。

 ――あなたは、とくべつなのよ。

 ――君は、とくべつな子だ。

 今は亡きふたりの声が頭の奥で響く。
 叔父の遺言状の最後には、こう記してあった。

白桃、君は、圧倒的な力を持って生まれてしまった、とくべつな子だ。
おそらく君ならば、件のキョンシー作成術を成功させることができるだろう。
病に侵され明日にでも死ぬかもしれない私は、この乱世において君を守ることがかなわない。
君は、私の大事な愛娘だ。
だからもし私亡き後、君が“彼”を必要としたときは、力を使いなさい。私はそれを許すよ。
もとより君の人生なのだ、君自身の心に従いなさい。

練王桃



 翌日の夕刻、私は診察室の扉を開けた。
 主を失くしてひっそりとした空間は、しかし染みついた薬品臭は今も薄まる気配はなく、現役時代と変わらぬ姿で存在していた。
 私は、棚の薬瓶が陳列された中からあるひとつを取り出した。揺らすと、およそ液体が立てる音にはそぐわない、カラン、という金属がぶつかるような音が鳴った。
 薬瓶の中身を、手のひらに吐き出させる。
 ――鍵だ。
 叔父の遺言状に記してあった通りであった。ならば、この鍵は、診察室の地下へと繋がるものであるはずだった。

 叔父が遺した鍵を使い、私ははじめて地下へと降りた。
 足を踏み入れてすぐ、ひやりとした下界独特の空気に呑まれる。階段を降りきると、見渡すほどもない、視界に収まる狭い空間にたどり着いた。
 ――手術室。
 壁際には簡素な薬品棚と、医療器具が整然と並べられた机が置かれている。部屋の中央に鎮座するのは、成人一人を寝かせられる程度の大きさの手術台であった。
 私は、手術台に釘付けになった。台の上に布が敷かれていたからだ。まるでその下で“誰か”が寝ているかのように、不自然に隆起した布が――。
 心臓が早鐘を打っている。乱れそうな呼吸をなんとか整えながら、一歩、また一歩とぎこちなく足を動かす。長い時間をかけてようやく手術台の前に立ち、恐る恐る、布の先を摘む。しかしその姿勢のまま体が硬直し、しばらく動くことができなくなった。
 冷や汗が一筋、背中をすうと撫でていった。
 私は意を決して、一思いに布を剥ぎ取った。

「――!」


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