「……きっと、私のせいね」

 無意識のうちにこぼれた自身の声に、はっとする。
 叔父が私に濁った色の目を向けるときには、私はどこか自棄な気持ちで続く言葉の先を紡いでいた。

「私と関わった人たちは、みんな死んでしまうもの……」

 あの離れの個室、簾越しの母の影、色のない世界がよみがえる。
 私を《白の巫女》などと呼び、崇め奉っていたはずの者たちは、母らの死をきっかけに“呪われた娘”と私に石を投げつけた。
 私の呪いはたしかに存在していたのかもしれない。私自身に、その自覚がないだけで。
 故郷の母も、使用人たちも。
 叔父も。
 そして――。

「白桃」

 心の奥底に仕舞われた記憶、月の瞳が脳裏をよぎったとき、まるでそれを打ち消すかのように叔父が私を呼んだ。長らく聞いていなかった、子を叱る親のようなピシャリとした声音だった。

「馬鹿なことを言うんじゃない」
「……叔父様」
「君のせいではないよ。白の本家でのことも、私の病も。そして……皓月くんのこともだ」

 腹を決めたような重たい声で、叔父はその名をずいぶん久しぶりに口にした。
 ――皓月。
 その背に虎を住まわせ、青い月の瞳をもった人。私がはじめて恋をした人。“七年も昔”に、逝ってしまった人。

「彼のことは、ほんとうにすまなかった……」

 遂に彼とふたり、膝を並べて打ち明けることはなかったが、それでも叔父は、私と彼の関係には気づいていたようだった。
 喀血するが如く辛そうに吐き出された謝罪の言葉に、私ははっとして、そして強くかぶりを振った。
 喪失感に苛まれているのは私だけではない。
 彼のことを実の息子のように接していた叔父。あの夜も、きっとあらゆる手を尽くして消えゆく命を繋ぎとめようとしたであろう彼に、私は、なんてことを口にしてしまったのだろう。

「ごめんなさい。私、叔父様を責めるつもりは……」
「いいんだよ。私が彼の命をこの世に留められなかったことはたしかだ」

 叔父は虚空を仰ぎ見た。血色の悪い唇が、わななくように言葉を紡ぐ。

「彼は……皓月くんは、六発もの銃弾を浴びた身で、私に言ったんだ」

 死にたくない、と。

「まるで幼子のように涙を流す彼を、皮肉にも私はそのときはじめて目にしたんだ。それまでどこか人間離れしていた彼の人間らしい姿を見て、思わずその手を握った。血で滑る手を取りこぼさぬようにしっかと握って、私は言ったんだよ。『大丈夫だ』、『必ず助ける』と……」

 叔父は、声を殺して泣いた。
 私は泣くことすら、できなかった。ひどく空虚な思いで、この場に佇むことしか。

 窓から斜陽が射している。外は、美しく澄みわたる秋空だろう。
 今日も遠くで鳴り響く渇いた銃声が、私の鼓膜をふるわせた。


 ――七年前、霧雨の降る朝。
 叔父から彼の訃報を聞いたあと、私はその場に崩れ落ち、意識を失ったらしい。
 その後の記憶は定かではない。私は目が覚めたあとも延々と寝込み続け、自室に篭るようになった。駄々をこねる子どものように、信じなかった。彼の死を。断じて信じるものか、と思っていた。
 だって、彼は言った。「近いうちに会いに来るよ」「またな、白桃」と……。
 しかし、結果として彼が私のもとを訪ねてくることはなかった。春が咲いて、夏が死んで、秋が枯れて、冬が積もっても。そうやって幾度季節が巡っても。ろくに食事を摂らず、棒切れのようになってしまった体をようやく起こして、わざわざ縁側で書物を読んでみても。桃の木の下で、門扉が開くのを待ってみても。
 彼は、来なかった。そうしていつしか私は、待つことを諦めた。
 劉皓月は死んでしまった。
 その事実を、静かに受け入れたのだ。


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