昼休み。お手洗いに行った帰りに、わたしは校内の掲示板を見上げていた。
 先日の定期テストの結果が貼り出されているのだ。1番から20番までの成績上位者のなかに、わたしの名前がある。5番。自己最高記録だ。
 テストの結果は事前にもらった用紙で知らされているのだけど、こうして掲示板で自分の名前を見ると「よくできました」と褒められている気分になる。その瞬間が、わたしは満更でもないのだった。

「徳丸さん」

 一人でほこほこしていたところに、後ろからぽんと肩を叩かれて、そちらを見やる。

「あ、優木くん」

 クラスが離れてから久しぶりに顔を見た。
 五組の優木くんは、一年生のときに同じクラスだった男子だ。背は七瀬より少し高いくらい。サラリとした栗色の髪、すっきりとした顔立ち。物腰のやわらかさが、なんとなく育ちの良さをうかがわせる。

「すごいじゃん。過去最高じゃない?」

 優木くんがわたしの隣に立ち、掲示板を見上げながら言う。
 
「うん。今回は調子が良かったし……」
「俺も毎回けっこう頑張ってるつもりだけど、徳丸さんに勝てたことないな」

 わたしは再び掲示板に目を戻して、今一度上から順に名前を確かめていく。16番目に、優木隆良の名前を見つけた。そういえば優木くんも、掲示板によく名前が載っている気がする。
 関係ないけど、優木くんの下の名前、隆良というのだな。なんてことをぼんやり考えていたら、優木くんがああそうだ、とわたしに向き直った。

「徳丸さんに聞きたいことがあるんだけどさ、いまちょっと時間いい?」
「なあに?」
「んー、ここじゃちょっとうるさいから……ちょっとこっち来てよ」

 えっと思うより早く腕が引かれた。
 昼休みの喧騒から逃れるように、優木くんはわたしをつれて近くの空き教室へ入った。

「聞きたいことってなに?」

 二人きりで向かい合うかたちになって、わたしは改めて優木くんに訊ねた。すると彼は、特になにか予想していたわけではないけれど、意外なことを問うてきた。

「徳丸さんってさ、あの一年と付き合ってるって、マジ? ほら、柔道部の、でかいやつ」
「……崎くんのこと?」

 優木くんが若干投げやりな口調でそうそれ、と頷く。
 なんで優木くんがそんなことを、わざわざこんな場所で聞くのだろう。不思議に思いつつも、質問に対しては偽る必要も隠す必要もない。

「うん」
「えー、そうなんだ……。なんだ、俺てっきりガセかと思ってたのに……」

 最後のほうはぼそぼそとした言い方だったので、うまく聞き取れなかった。
 なんだか、空気が悪い。
 わたしの気のせいかもしれないけれど、居心地の悪さを感じた。なのでわたしは早々にこの場を立ち去りたくて、話ってそれだけ? と自然と急かすような口調になる。優木くんはそれには答えず、わたしに半歩歩み寄ってきた。

「徳丸さん、大丈夫?」
「……なにが?」
「力任せに何か強制されたりとかさ、そういうことされたりしてない? あの一年に」

 ごくやさしい口調で訊ねられる。それでも、わたしの不快感はたしかなものになった。優木くんの、崎くんに対する「あの一年」という一貫した呼び方も、それをいっそう煽るものだった。
 むっと眉が寄せて苛立ちをあらわに優木くんを見上げると、少し動揺したように彼の目が泳いだ。

「もしかして、徳丸さん知らない? あの一年けっこう有名なんだよ。中学のときは警察沙汰になったりとか、とにかくそうとう評判悪かったって……」

 弁解するように崎くんのことを語り出す優木くんの様子に、ようやく彼が何を言いたいのか理解できた気がした。
 要するに、体よく崎くんのことを否定しているのだ。崎くんの過去を持ち出して、わたしに崎くんと付き合うのをやめたほうがいいと。
 親切のつもりなのだろうか。そうだとしたら、巨大なお世話としか言いようがない。

「わたし、もう行くね」

 これ以上彼の話を聞きたくないし、聞いても無駄だ。そう判断したわたしは、優木くんから背を向けた。扉に手をかけると、ちょっとまってよ、と後ろから焦ったような声がかかる。

「嘘じゃないって。ちゃんとたしかな筋から聞いた情報なんだよ」

 たしかな筋ってなんだ。
 わたしは振り返る。さっきよりもさらに苛立ちが増したであろう顔を、露ほども隠さずに。

「聞きたくない。それに優木くん、どうしてそんなに崎くんのこと調べてるの?」

 まっすぐ目を見据えて訊ねると、再び、優木くんは視線を泳がせた。

「や、それは……」
「過去はどうあれ、崎くんはわたしに強制したりなんかしないよ。優木くん、そんなことに時間を割くより、もっと有効なことに使ったほうがいいと思う」
「……」
「もういい? じゃあね」

 優木くんを空き教室に残して、わたしは自分のクラスに戻った。

「杏ぅ、ずいぶん遅かったじゃん。大丈夫?」
「……だいじょうぶ」
「……大丈夫って顔じゃないんだけど。てか、あんたなんでそんなドス黒いオーラまとってんの? どしたの?」

 説明するのも嫌になるほど虫の居所が悪くて、心配してくれる七瀬に「ごめん、いまはそっとしといて……」と、わたしはそそくさと自分の席についた。
 午後イチの授業はOCだ。とても発音する気分じゃないけど、仕方ない。気持ちを切り替えなければ……。
 と、スカートのポケットでスマホが振動した。

『次、現国。もうすでにねむい』
『部活行く前にちょっとだけ会いたいな。放課後、杏ちゃんのクラス寄ってもいい?』

 二件のメッセージに思わず笑みがこぼれた。
 気持ち、切り替えられそうだ。

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