blue18 | ナノ


 おかしい、こんなはずじゃなかったのに。

(どうして、こうなった?)

 知らない家で、ギターを弾いている。
 昨日までお互い口も利いたことがなかった、クラスメイトというだけが接点のやつの家で。わざわざ一度帰宅してまで自分の家から持参してきたギターを、だ。わけがわからな過ぎて、いっそ笑えてくる。

「おー、すげぇ。かっこいい」

 パチパチと手を打ち鳴らしながら、そいつが言う。

「上手だね!俺音楽詳しくないんだけど、感動した」
「そりゃよかった」
「松下くん、将来はミュージシャンになんの?」
「まさか。ならねぇし、なれねぇよ。これぐらいちょっと練習すりゃ小学生だって弾けるわ。それに、どっちかって言うと、弄るほうが好きだしな。修理とか」
「ふうん」

 ダイニングチェアにまたぐように座り、背もたれに組んだ腕をのせて、ニコニコしながらソファに腰掛けている俺を見下ろしてくる。チェシャ猫のような男だ、と思った。
 来栖慶介はクラスメイトだ。この日、はじめて口を利いた。便所で。そのあとなんだかんだ誘われるかたちで、来栖慶介の自宅に招かれた。その道中、ついうっかりギターが趣味だと言ったら、聴かせろとうるさいので、こうなった。

「いいね、趣味があって」

 ギターを片付ける様子をほんの少し高い場所から眺めながら、なだらかなトーンの声が言う。

「来栖はないんか、趣味」
「なんもねぇな。強いて言えば、弟と遊ぶことかな。あと慶介でいいよ、優くん」
「優くんってやめろ」

 まるで友だちのようだ、と思ったら、目の前に手が差し出された。

「なってよ、友だち。俺友だちいないんだ」

 嘘つけ、と思いながら、その手を握っていた。
 冷えた細い手は、冬の空気でもつかんだように実感がなくて、なんだか笑えた。





「優くんが友だちでよかった」

 もつべきものは友だちだね、などとのん気にのたまう目の前の男の顔を今すぐぶん殴りたい。
 俺たちの頭上で鐘が鳴る。休み時間に入ったのだろう、引き戸の向こう側から、微かに喧騒が聞こえてくる。うちのクラスでは、きっと現文の授業が終わった頃だ。次は何だったっけ。思い出せないが、そもそも出るつもりもないのだからどうだっていい。
 保健室のベッドには、上半身を起こした状態の慶介がいる。いつも通りの笑顔だが、その顔色は白い。でも、これでもマシにはなったのだ。階段から落ちそうになったときは、びっくりするぐらい真っ青だったのだから。養護教諭(職員室に行ってしまって今はいない)いわく、ただの貧血、とのことだが。

「いやー、今日はちょっと朝から貧血気味だったんだよね。まさか階段の途中でぶっ倒れそうになるとは思わなかったけど」
「……」
「優くんが手ぇつかんで支えてくれなかったら、俺マジで転落死するかもしれなかったよね。優くんほんとかっこいいよ、スタントマンになれるって」
「……慶介」
「ん?」
「俺が今何考えてるかわかるか?」
「……あははっ」
「あははっじゃねーんだよ、この馬鹿ッ!」

 思わず立ち上がって、茶髪頭をパーンッと叩く。イテッと慶介が短く声を上げ、俺の後ろでは、俺が座っていた三脚の椅子が、ガッターンと派手に倒れた。騒がしいことこの上ない。

「痛ってぇ……あ、目の前に星が……」
「安心しろ、ただの鉄分不足だ」
「ごめんて……」

 後頭部をさすりながら、かすれた声がようやく謝罪の言葉を口にした。それで少しばかり冷静になった俺は、倒れた椅子を戻し、改めてそこに腰を落ち着けた。
 沈黙すると、薬品のような消毒くさい匂いが、思い出したように鼻につく。
 保健室という場所に久しぶりに入った。無縁だったのだ。ろくに風邪もひかないし。それがまさかこんな形で世話になるとは予想外だった。世話になっているのは俺じゃなくて、目の前の友人なんだけど。

「……ちゃんと寝てんのか?」

 顔が白いことは置いておいて、それ以外はいつも通りに見える。なればせめて口に出してくれなければわからない。こっちは読心ナントカなんて、さっぱりなのだから。

「寝てるよ。あんま熟睡じゃないけど」
「熟睡しろ、今すぐ。伴奏付きの子守唄でも歌ってやろうか?」

 おどけを交えて言えば、慶介がふっと息を漏らした。
 少しうつむいて、俺のほうを見ない慶介が今なにを見ているのかわからない。ただぼんやりしているだけにも見えるし、そうじゃないようにも見える。さっぱりだ、俺には。他人の心なんて。友人のことでさえも。



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