blue18 | ナノ


 すっかり忘れていた昼食を、適当にファーストフード店で済ませることにした。混み合う店内の二階で、ガラス張りの窓に面したカウンター席に私たちは並んで座った。
 来栖は、私が注文した店で一番大きなサイズのハンバーガーを一瞥して、

「残しても、俺食ってあげられないよ」

 などと、戯言をぬかした。

「あんたに食ってもらうぐらいだったら吐いてでも自分で食うし」
「怜ちゃんって痩せの大食いだよね、実は」
「あんたが食わなすぎなんだよ。ていうか、お腹すいてたの、純粋に。歩きすぎて……」

 言いながら、ついさっきまで繁華街をひたすら散々歩き回ったことを改めて思い返すと、無性に恥ずかしくなった。足元に置いた紙袋の存在さえなんだか気恥しい。誤魔化すように、巨大なハンバーガーを頬張った。パンズに挟まれた中身がこぼれ落ちそうになるのを、形を崩さないように、慎重に。
 隣からはコーヒーの香りがしている。来栖はホットコーヒーに砂糖もミルクも入れなかった。甘党のくせに。へんなやつ。

「なんか、初デート思い出すね」

 唐突に、妙にやさしげな声で来栖が言う。私はハンバーガーをきれいに完食したあとだったので、包み紙を折りたたみながら怪訝な視線を送った。

「……なんの話?」

 来栖がこっちを向いて、にこっと笑った。

「サーティワン」
「は?」
「ほら、怜ちゃんとはじめてデートしたじゃん。始業式の日。アイス交換こ」

 折りたたんだ包み紙を手のなかでぐしゃっと握りつぶす。それを来栖に投げつけた。来栖はやっぱり笑いながら、私が投げつけた包み紙を拾い、丁寧にひらいて、折り紙をはじめた。
 指先が器用に折り目をつけていく。来栖の指は、私とも優とも全然細さやかたちが違っていて、現実味がない。

「……あんたさ、」
「なに?……ああ、やべ、ちょっと曲がった」
「あんた、地元出るの?」

 終業式の数日前。進路指導室で、教師と向かい合って話す来栖の姿を、私は盗み見た。そんなつもりはなかったのに、引き戸が半端に開けっ放しだったのだ。……なんて、そんなのは言い訳にしか聞こえない。
 指導室の前を通りかかったとき、教師のやたら熱のこもった明るい声を聞いて、私は思わず足を止めていた。聞こえてきたのは地元から離れた有名な国立大学の名前。そして、教師の声に対してときどき頷いて、やけに大人びた笑顔で、ピアスをしていない来栖の横顔が見えた。

 来栖は指先の動きを止めて、目を上げた。薄茶色の瞳はゆれることなく私を見据える。

「うん」

 そうだよ、と来栖は笑った。
 浮かび上がってしまいそうに軽く、音もなく。

 高校を卒業したら地元を出ることなんて、べつにめずらしいことでもないんだ。
 いつもへらへらしていて、茶髪で、ピアスで、私のいないところできっと優といっしょに喫煙していて、それから文化祭の日に隠れて屋上で缶ビールを飲むようなやつで、それでも、来栖が相当成績がいいことぐらい知っている。ほんとうはこんな偏差値が並み程度の学校に通っていることが間違っていると思えるぐらい。
 それだから、なにもおかしいことはないんだ。むしろ彼が正しい場所に戻るぐらいに、自然なことで。

「K大に行くの?」
「うん。先生から聞いた?」
「国立ならうちの県内でもいいんじゃないの。べつに、わざわざ出てかなくったって」
「ちょっとベンキョーしたいことがあって」
「うそくさ」
「うん、うそ。ほんとは、K大に甘味サークルがあるから」
「……どうせ出てくなら東京行けばいいのに。東京タワーあるじゃん」
「東京はちょっとこわいじゃん」

 こんな会話、くだらないな、と思う。何を言っても伝わらないし、気持ちが晴れるような答えは返ってこない気がした。

「……ねえ」

 ガラス張りの窓から外を見下ろす。止まることなく、忙しなく流れる人の往来が見える。まるで濁った水流を眺めるように、無感情だった。この場所にいる私たち以外はみんな、すべて同じに見える。
 でも、ほんとうは、違うんだ。
 ほんとうは、何一つ同じじゃない。私たちは何一つ同じじゃないし、何一つも伝わらないことが当たり前で、それなのに、たまにそれがひどくもどかしくて、嫌になるんだ。

「あんた、弟とあえなくなってもいいの?」
「あえなくないよ」

 私は心のどこかでわかっていた気がする。私の気持ちが晴れようが晴れまいが、「今日はいい天気だね」と、青い空を見上げるみたいに、見える景色をそのまま答えるように、来栖は答えるのだと。

「だって週一で実家帰るもん、俺」
「……うざい兄貴」

 ああ、くだらないな。まったく。


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