「青井さん」
中身のないスカスカな鞄を手に教室を出れば、後ろから呼びかけられた。
相手なんかもう分かりきっている。私は振り向きもせずに足早に下駄箱へ向かう。
「青井さーん。ねえ無視とか傷つくんだけどー」
「うわ、びっくりした。帰らないって言ったじゃん。ついて来んなよ」
無視していれば途中で諦めるかと思ったのに、なんと下駄箱までついてきた。
ああ、ウザイな。ちょっと尊敬してしまうレベルだ。
「あはは、照れる」
声に出していないのに、来栖がそんなことを口にした。
そんなに顔に出ていたのだろうか。ていうか誉めてないけど。
視線を上げてみれば、にこ、と笑いかけられた。こうして近くで見ると、二重の垂れ目に色素の薄いブラウンの目が印象的だった。
こんな男でも好きになる女はたくさんいるのだろうな、と思う。黙っていればマシなのに。
「来栖ー、なにしてんのぉ?」
貼りつくような高い声が聞こえたと思ったら、来栖の後ろから化粧の濃いまるでキャバ嬢みたいな女子がひょこっと顔を出した。彼女とも同じクラスだったような気がするけど、名前も印象も曖昧だった。
ちょうど来栖が陰になっていたので、彼女は私の存在に気がつかなかったらしい。私と目が合うとあからさまに、何で、という顔になった。
「え、来栖、なんで青井さんといっしょにいんの?トモダチ?」
訝しさと好奇が混ざったような表情と声で聞く。いや違うから、と私は胸のうちで返す。
聞かれた本人はというと、ああ、なんて間抜けな声を出して私を見た。教室での時と同じ、人のよさげな笑顔。
何だか、とてつもなく嫌な予感がする。
「まだ。友達になりたいから、これからいっしょに帰んの。アイス食べに行くんだよね?」
「は?」「は?」
キャバ嬢みたいな彼女と声が重なった。
呆気にとられていたら手を引かれた。
下駄箱を出て、校門を出て、そこで私はようやくハッした。気がつけばあっという間に連行されていることに。
「奢るよ、アイス」
痛いくらいに眩しく、真夏のような熱い日差しの下なのに、振り向いた笑顔には汗の一筋の気配もない。
来栖の言葉で、ああ、と思う。
そういえば私、アイスが食べたかったんだ。今さら思い出した。