教室はひどい蒸し暑さだった。残暑の居座る9月。まだ秋は遠い。
来栖慶介とは夏休み明けしょっぱなの席替えで席が隣になった。よろしくね、と隣から笑いかけられた時、正直面倒だなと思った。
来栖は、クラスの中心のグループでいつも笑っているような男子で、話したことは今までなかった(クラスの半分以上は話したことない人だけど)。とりあえずチャラそうっていう印象しかない。
「青井さん、はじめて話したよね。もう9月なのにね」
「そうだね」
「青井さんってクールだよね」
「べつにふつうだし」
ホームルーム中だというのに来栖は構わず話しかけてくる。ああ、めんどう。せっかく窓際の後ろになれたのに、この席ハズレだ。
頬杖をついて担任が何か話しているのをぼんやり眺めながら、思考は残暑にやられている。
ああ、アイスが食べたいな。
「青井さん」
「なに」
「今日いっしょに帰ろうよ」
「は?」
思わずでかい声が出た。案の定教室が一瞬沈黙して、その後担任の注意が飛んできた。
おざなりに謝ればホームルームが再開するけど、ヒソヒソとかクスクスとかそこかしこから聞こえてくる。
隣を睨みつける。人のよさげな笑顔で頬杖をついているそいつ。
「笑ってんじゃねーぞ」
小声で低く言う。
「あはは、ごめん。でもこれ癖みたいなもんだからさ」
「帰らないから」
「えー、なんで?」
「あんたむかつくから。あとウザイ。笑った顔が腹立つ。話しかけてこないで」
それはもう正直に告げてやる。仲良くしたいなんて最初から思ってないからべつにいい。
来栖は頬杖をついたままちょっと目をまるくして、それから何故か笑いだした。今度は私の目がまるくなる。なにこいつ。むかつくとかウザイとか言われて可笑しそうに笑ってるって、気持ち悪いな。
そう思いながら、来栖があんまり無邪気に子どもみたいに笑うので何だか少し力が抜けた。変な奴。
「来栖ー、何が可笑しいー」
「ははっ、すいませーん」
「全く謝ってるように聞こえないけどなー」
その時タイミングよくチャイムが鳴った。
担任が呆れた顔のままでその日のホームルームを終えた。