身勝手な事情
いくら注意をしたって聞きやしない。どうして俺がこんな目に遭わなければならないのだ。
すぐ近くで聞こえる息遣い。身動きをとることもできずにチラリと目線だけを動かす。
「おい馬鹿サヤ」
当然のごとく返事はない。そろそろ腕が痺れてきたんだけど。何で俺お前に腕枕してんの。
確か学校帰りに連絡をもらって(前回ひどく怒ったおかげで、ベランダからの侵入はやめてくれた)こいつを家に入れたことは覚えてるんだけど。
夕飯を作るんだ!と張り切るサヤをよそに寝転んでいたのが悪かったのか。いつの間にか本格的な眠りに落ちていたようだ。
そこまではいい。だけどお前まで一緒に寝ることはないだろう。近すぎるわ馬鹿。
無防備な寝顔。阿呆みたいに口が開いていてちょっと面白い。
…うわまつげ直毛だなこいつ。綺麗に揃ってる。というか色白すぎだろ。ちゃんと外に出て運動してんのかジョシコーセー。
「いやいや」
俺もなにじっくり観察してんだよ。もう外は真っ暗だ。おとなりさんとはいえ、未成年を連れ込んで一緒に寝てるなんて教育上良くない。
いやそもそも女子高生を家に入れる時点でアウトかも。早くサヤを起こさねば。
「サヤ、起きろ」
ごろりと体を起こし、腕枕をしていない方の手で軽くおでこを叩く。ううんと少し唸ってからサヤは目を薄く開いた。
「ロクくん…おはよう」
「おはようじゃねぇよ。早く家帰れ。そこまで送ってやるから」
「…送るって言ったって三歩じゃん」
嫌だ晩御飯食べて帰ると駄々をこねられて、深々と溜め息をつく。またこいつは…
「晩御飯は家族と食え」
「せっかく作ったのに」
「それは感謝してる。でも俺となんかいつでも食えるだろ」
「家族ともいつでも食べられるもん」
「言うこと聞かないならもう来るな」
そしていい加減腕が痛いのでそっと頭の下から引き抜くと、サヤはそのまま床に頭をぶつけていた。あ、悪い。
思いのほか痛かったらしく、ちょっと涙目のサヤが俺を見たまましゅんと縮こまる。あーあーやめなさい制服がシワになる。っていうかパンツ見えるぞ。
「ロクくんはわたしにちっともつかまれてくれない!」
「はぁ?」
「男は胃袋でつかめってお母さんが言ったから、わたし一生懸命おいしいもの作ってるのに!」
「…」
何だそれは。サヤは俺を餌付けしに来ていたとでも言うのか。確かにこいつの料理はうまいけど、でもそれだけでほだされるほど俺も単純じゃない。
呆れた視線を送れば、彼女はそんな俺の首を思いっきり引き寄せる。
「ちょ、何」
「キスしたらちょっとは意識してくれる?」
うるうる。真ん丸な黒目が至近距離で訴えかけるように揺らいだ。
…馬鹿だこいつ。だからガキだって言うんだ。
「ばかじゃねえの」
「痛いっ」
無理やり引き剥がしてデコピンをかましてやると、サヤはもういいロクくんのヘタレ!と捨て台詞を吐く。そして風のようにバタバタと走り去っていった。
「さっさと帰れ。ガキ」
薄暗い部屋で一人残された俺は、テーブルの上の二人分の食事を見て小さく項垂れる。
「危なかった…」
うっかり手を出しそうになってしまったなんて、口が裂けても言えない。